本文へ移動
TORENDIA

夏の小半日

本文約2,800字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

観察力の重要性を説き、夏休みに海岸へ出かける人々に向けた自然観察の手引を綴る。沖から押し寄せ、砂浜を変形させる波の物理的性質や、砂の選り分け現象、さらに陸地と海面の温度差によって生じる海軟風の発生原理について詳しく論じる。日常の風景を科学的な視点で捉え、身近な現象の中に潜む法則や不思議を自ら考察し発見することの喜びと、そのための知的な準備を促す解説書である。

寺田寅彦

速度
🎧 夏の小半日 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 4

俗に明き盲というものがあります。両の目は一人前にあいていながら、肝心の視神経が役に立たないために何も見る事ができません。またたとい目明きでも、観察力の乏しい人は何を見てもただほんの上面を見るというまでで、何一つ確かな知識を得るでもなく、物事を味わって見るでもない。これはまず心の明き盲とでも言わなければならない。よく「自然」は無尽蔵だと言いますがこれはあながち品物がたくさんにあるというだけの意味ではない。たとい一本の草、一塊の石でも細かに観察し研究すれば、数限りもない知識の泉になるというのです。またたとえば同じ景色を見るにしても、ただ美しいなと思うだけではじきに飽きてしまうでしょうが、心の目のよくきく人ならば、いくらでも目新しい所を見つけ出すから、決して退屈する事はないでしょう。それで観察力の弱い人は、言わば一生を退屈して暮らすようなものかもしれません。諸君も今のうちにこの観察力を養っておく事が肝要だろうと思います。それでさし当たりこの夏休みに海岸へでも行かれる人のために何か観察の材料になりそうな事を少しばかりお話ししましょう。

だれでも海べに出ていちばん見飽かずおもしろいと思うのは、遠い沖の果てから寄せて来ては浜に砕ける、あの波でしょう。見慣れない人の目には、海の水は、まるで生きているもののような気がすると言います。実際波はある意味で生きている。すなわち物理学などで言う「仕事」をする能力があります。しかし、惜しい事には、この能力は人間に都合のよいほうにはあまり使われないで、かえって海岸を破壊したり、またせっかく築いた港を砂で埋めたりするほうに使われています。海岸の崖などはたいてい陸地をこわしている場所ですから、よく気をつけてごらんなさい。このような能力を何か有益な事に利用したいと思って、くふうした人はあるが、まだあまり成効した人はありません。

寺田寅彦の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本