半日
本文約10,300字 ・ 読了時間 約21分
あらすじ(AIが作成しました)
雪の降る日曜の午後、相島は友人の井田の引っ越しを手伝う。荷物を運び終えた二人は、互いの生活や結婚観、青年期との訣別といった深い話題を語り合う。井田は自らの前途に重圧を感じながらも、日常の事実を求めて模索する。相島は自己の臆病さを吐露しつつ、共に住むことによる新たな生活の予感に触れる。物語は、静かな夜の闇の中で二人が明日への思いを巡らせながら眠りにつくまでの心情の変化を描く。
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地には雪、空も雪の樣に白み渡つて家並ばかりが黒く目立つ日曜日の午後晩く相島は玄關にあつた足駄をつツかけて二町計りの所に郵便を入れに行つた。歸り路に曲り角で往來を見渡したがそれらしい橇の影も見えぬ。「今日は廢めたのか知らん」と思ひながら横道を這入つて覺束ない足駄の歩みを運ばすと子供が凧の絲目をなほして居るのに遇つた。多分は父親でも造つてやつたのだらう、六角形の四枚張りで隅に小さく「佐倉」と名前が書いてある。日本の軍人が支那兵の辮髮を握つて劍を振上げた畫の赤や青に、雪がちら/\と降りかゝつて居る。「御免よ」と云ひながら相島は軟い雪に一足踏み込んでよけながら通つた。小兒は眞赤な顏を一寸上げて相島を見たなり又絲目をそゝくつて居る。
もう一つ角を曲ると自分の門が見えて、其の前には待ち設けた橇が留つて居た。齡の若さうな痩せた鹿毛が鼻尖で積んだ雪に惡戲をして居る。相島は其の馬をさすりながら又足駄を雪の中に踏み込んで門を這入ると、玄關の前に井田が居た。
「やア」
と相島は心の中で喜びながら快活に云ふと、井田は疲れた樣子でそれでもほゝゑみながら點頭いて見せた。
相島は大急ぎで中の口から上つて、自分の書齋を通り拔けて玄關に出ると、書生が既に戸を開けて、暗い家の中から明るい雪の庭が眩しい樣に見える。其の中に井田は矢張り少し氣の拔けた風で立つて居た。
橇は丁度門の前にあつて荷がそつくり見える。竹行李が二つ、柳行李が一つ、漬物樽が一つ、ストーヴが一つ、大きな風呂敷包が一つ、書棚が一つ、それ等がごつたに折り重なつた上に、簡單な机が仰向けに積んであつた。井田が黒の二重マントを式臺に脱ぐ中に出面は机を卸しにかゝる。相島は玄關の障子と奧の襖を外づす。書生は玄關につツ立つて其の力強い腕に荷を運ばうと待ちかまへた。
井田は外套を脱いで身が輕くなつたと共に不圖淋しい心持がしたが、それも束の間で、直ぐ机の下にあつた行李を運び始めた。恐らくは井田が淋しく感じた其の時であらう。相島は出面が運んで來た机の隅にくツついて居る雪を指先でさらひながら「まア宜い事をした」と何んの事はなくさう思つた。