生あらば
本文約22,800字 ・ 読了時間 約46分
あらすじ(AIが作成しました)
重い病に伏す光子の容態は先が見えず、その家族と恋人の壮助は不安な日々を送る。壮助は光子を救いたい一心で経済的な困窮にも苦悩するが、友人の川部に助けられ、共に困難を乗り越えようとする。自身の抱える金銭的責任や将来への不安の中で、壮助はただ光子の命が救われることを切に願う。生きることの苦しみと切実な願いを軸に、光子の生命に救いを求める壮助の心情と、二人を取り巻く厳しい現実を描く。
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一
十一月から病床に横わった光子の容態は、三月になっても殆んど先の見当がつかなかった。三十九度内外の熱が少し静まると、胸の疼痛が来たり、または激しい咳に襲われたりした。咳が少しいいと思うとまた高い熱に悩まされた。また不眠の状態と嗜眠の状態とが交々彼女の単調な病床にやって来た。そしてそれらの変化の背後には、絶えざる食慾不振と衰弱とが在った。凡てが渾沌として先の予想を許さなかった。
痰の中に糸のように引いた血液が交ってはいないかを、看護婦は一々調べた。そして皆の眼がその眼附をじっと窺った。皆と云ってもその病床に侍っていたのは、彼女の両親とそれから壮助とであった。
窓に当る西日は白い窓掛に遮られていたが、それでも室の中を妙に明るくなしていた。そしてその明るみで室の中が一層狭苦しく穢く見えた。一間の床の間の上に、中身の空しくなった古めかしい箪笥が一つ据えられて、その横の片隅に薬瓶や病床日誌やらが雑然と置かれてある。六畳の室は病室には少し狭かったのである。箪笥の上にのせられた白い草花の鉢と、瀬戸の円い火鉢の鉄瓶から立ち上る湯気とが、妙に不安な気持ちを伝えた。
光子は眼を開いてぼんやり天井の板を眺めていた。窶れた頬に顴骨が目立ってきて顔附を変にくずしていたが、その頬にはほんのりと赤みがあり、また小さな子供らしい口元には昔のままの愛くるしさが残っていた。物を言う度に何処か筋肉が足りないように思わせる唇だった。そしてその奥から舌たるい言葉が出た。
「気分はどう?」と壮助はそっと言葉をかけた。
光子は壮助の方を顧みて淋しい微笑を洩らした。その眼附が「いいわ。」と答えた。
「私ね……、」と云いかけたが光子はふと言葉を切った。それから右手を蒲団の外に出して、「こんなに手が穢くなったわ。洗ってはいけないの。」
手の指は透き通ったように蒼白く綺麗にしていたが、長く洗わない手首から上は黒く垢がついていた。生気の無い乾燥した皮膚が爪で掻いたらぼろぼろと落ちそうであった。
「も少しの我慢よ。癒ったらすぐに綺麗になるからね。」