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TORENDIA

明日

本文約3,700字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

将来の予定に束縛されることを極端に嫌い、「明日は架空のものだ」と語る男の心理を軸に、文学における表現の本質を論じる。日常生活で抱える不安定で重大な不安を、通常の明日を否定することで逆説的に表す手法を、名作の事例を引用しつつ考察する。著者は、文学者が日常性との闘争の中で虚無と向き合い、否定の底にある異常な明日をいかに肉体的なつながりを持って直接的に描き出すかを問い、真に創造的な表現のあり方を追究する。

豊島与志雄

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🎧 明日 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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或る男が、次のようなことを私に打明けた。――

手紙というものは、どんなものでも、そう嫌なのはないけれど、ただ一つ、僕が当惑するのがある。近日ちょっとお伺いしたいのですが、御都合のよい時日を知らせて下さいませんか、云々、といったような手紙だ。殊に、返信用の葉書なんか封入してあると、全くまいる。

先方では、忙しい時に訪問しては失礼だし、仕事中など邪魔してはいけないという、甚だ鄭重な意向であることは、それは分っている。然し僕にしてみれば、如何に忙しい最中でも、いきなり来て貰った方がいい。時日を指定するとなると、手紙では、少くとも中一日くらいの余裕を置かなくてはならない。そしてその時日には、必ず待っていなければならぬ義務が生ずる。そういう義務に縛られることが、僕には苦痛なんだ。それに大抵、そうした時に限って、仕事の予定が狂って、最後のぎりぎりの忙しい場合になっていたり、急に他の用事が出来たり、また、何かしら外出したくなったりするものだ。幾日の何時頃逢いましょうと、そういう予定が立派に立って、そして先方にも無駄足をかけずに済み、こちらでも仕事の邪魔をされずに済み、万事調子よくやっていける人は、実に仕合せだ。

僕の予定は、一日くらいなら立てられる。朝のうち電話ででも打合せておけば、その日中のことなら、立派に約束を守られる。けれども、明日になると、もういけない。明日の負担を負わせられることは、今日の僕にとっては、堪え難いことになる。「今日」というものは、現実的に存在する。然し、予想されたる「明日」というものは、僕にとっては、現実的には存在しない。それはただ架空のものだ。その架空の中に置かれた現実的な義務は、僕には苦痛の種となる……。

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