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TORENDIA

秋の幻

本文約4,200字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

田舎の村で母と二人で暮らす青年は、長い雨が明けて収穫の時期を迎えた秋の穏やかな日常を送っていた。村を行き交う巡礼者たちの姿や言葉に幼い頃の幻想を重ねる青年は、母との静かな生活の中で、存在することの喜びと淋しさを同時に抱くようになる。やがて彼らは、心に抱いた旅への思いに従い、地蔵尊への参詣の旅に出る。自然と共に生きる人々の姿や移りゆく季節の中で、母子の穏やかな精神の交流と旅路を描く。

豊島与志雄

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🎧 秋の幻 / 朗読音声: VOICEVOX:波音リツ

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或る田舎に母と子とが住んでいた。そして或る年の秋、次のようなことがあった。――

「もう本当に天気がよくなったのでしょう。」

「そうね。」

母と子とは、或る朝そんな会話をした。そして二人共晴々した顔を挙げて、青く澄んだ大空を見上げた。大空を見上げる前彼等の視線は、広い野の上を掠め、野の向うに聳立っている山の頂を掠めた。そして今、視線が更にその上の青い大空のうちに吸い込まれると、彼等は何とはなしに微笑みを洩した。

その年は、初秋の頃から殆んど毎日のように梅雨のような雨が降った。それは、空から落ちて来るのではなくて、地から舞い上る糠雨のようであった。往来には深い泥濘が出来、家の中はじめじめしていた。村の人達は、鶏小屋の掃除や牛馬の□に苦心した。それよりもなお一層、稲や蕎麦の実入りや大根や里芋の収穫に心痛めた。そして彼等は毎日眉を顰めて雨の空を見上げながら、ぶらぶら遊んでいた。

けれどいつとなくその長雨が霽れると、小春のいい天気に返った。少しく南に廻った鈍い日脚が、野の上を一面に黄色く輝かした。そして大地の上は見渡す限り、活動と収穫との時期に返った。雨に痛んだものは何もなかった。稲の穂は実のりのいい黄色い重さに、田の上を一面に波打っていた。重く倒れかけた蕎麦畑の間からは、雲雀が空に舞い上った。大根や里芋も黒い土の中にむくむくと根を張っているらしかった。そして村の人々は皆田畑に出た。収穫の喜びが彼等の日に焼けた顔の上に在った。そして雨に封じられていた彼等の筋肉の力は、今や大地の上に試みられていた。

そういう中から、またぽつりぽつりと巡礼の旅に出かける人達もあった。彼等の前には広い野があった。野の上には一面に紅葉した草木があり、祈らるるような清く澄んだ大気があった。朝には路傍の草葉に露が結び、夕には西の空が赤く焼けた。

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