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TORENDIA

微笑

本文約20,800字 ・ 読了時間 約42分

あらすじ(AIが作成しました)

長い付き合いの女性と別れ、無気力な日々を送る「私」は、倦怠感と社会への不満を抱えている。ある夜、退屈しのぎにS駅で友人の村瀬や女性と共に、見知らぬ人へ声をかけるという賭けのような遊びを始める。電車内での会話を繰り返すうちに、ある夜、声をかけた男が電車から転落し、負傷するという出来事に遭遇する。その男が刑事であったという新聞記事を目にした「私」たちは、人生の不気味さと無常さを感じ取り、遊びを終えることで平穏を求めて微笑む。

豊島与志雄

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私は遂に女と別れてしまった。一つは周囲の事情が許さなかったのと、一つは私達の心も初めの間ほどの緊張を失ってしまっていたのと、二つの理由から互に相談の上さっぱりと別れてしまった。一切の文通もしないことにした。其後女は、下谷から芳町の方へ住替えたとも風の便りに聞いたが、別に私の好奇心をも唆らなかった。私は何物にも興味を失っていた。長い間のだらけ切った生活が、憂欝な退屈な重みとなって私自身の心のうちに返ってきた。私は自分の家に、八畳と六畳との素人下宿の二階に、ぼんやり日を暮すことが多くなった。其の頃私は○○商会の翻訳を受持っていたが、それも不自由しないだけの金は国許から送ってくるし時間の束縛の多い職務に極めて物臭であった私が選んだ地位だけあって、収入は多くないが至って呑気なものであった。私がよくぼんやり日を送っているのを見て、宿のお上さんは度々私に結婚を進めて、候補者と称する女の写真まで二三枚持って来て見せたが、そういうことも私には面倒くさかった。貧乏な齷齪した生活をしてる者にとって今の社会が憂欝である如く、生活に困らない自由な呑気な者にとっても今の社会は憂欝であることを、私はつくづく経験した。

然しそういうのは、当時の私を包んでいる雰囲気であって、心の底には私は二つの考えを持っていた。

その一――今の社会の状態に在っては、誰も彼もが欠伸をしている。金持ちも貧乏人も、忙しい者も閑な者も皆同じような一日一日をつみ重ねていって、それで一生の墓を築いている。こういう風にして世の中が続いて行ったら、遂にはどうなるだろう。皆が欠伸と倦怠とのうちに死滅するようになったら、どうだろう。考えてもたまらないことだ。凡そ憂欝な退屈くらい人間を毒するものはない。それに今の社会は、全くこの事に侵されてしまっている。このままでいいものだろうか。

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