愚かな一日
本文約13,900字 ・ 読了時間 約28分
あらすじ(AIが作成しました)
肺結核の療養中で転地先に暮らす河野は、見舞いに訪れた友人・瀬川と妻の会話から、馬の脊髄を用いた自身の病気への奇妙な治療法の噂を耳にする。病ゆえの苛立ちや閉塞感、妻や友人との微妙な心理的距離に揺れる河野は、静かな生活を望みつつも、孤独を紛らわせるために親しい瀬川の滞在を求める。一日一日の生活をいかに暮らすべきかという問いを抱えながら、病床で過ぎ行く時間を過ごす男の心理と内省的な日常を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
瀬川が来ているのだなと夢現のうちに考えていると、何かの調子に彼はふいと眼が覚めた。と同時に隣室の話声が止んだ。彼は大きく開いた眼で天井をぐるりと見廻した。それからまた、懶い重みを眼瞼に感じて、自然に眼を閉じると、また話声が聞えてきた。やはり妻と瀬川との声だった。彼はその方へ耳を傾けた。
「……どうして取るのでございましょう?」
「さあ私も委しいことは聞きませんでしたが、医者に御相談なすったら分るでしょう。もし本当にそういうことがあるなら、もう専門医の間にはよく知られてる筈ですから。然し何しろ馬一頭を、そのためにわざわざ殺さなければならないから、たとえ効果が確かでも、広く実際に応用されるわけにゆかないのだと思いますね。私の友人の場合でも、院長が最後の手段として試みたものだそうですから。」
「でも確かにそれで治るものとしましたら……。」
「所が確かに治るとも断言出来ないのかも知れません。多くは体質によるんでしょうから。ただ私の友人の場合は、その手当が体質によく合ったものだろうと思われます。」
「馬一匹どれ位するものでございましょうか。」
「さあ……。そしてまた、どんな馬でもいいというのではないかも知れません。」
「ではお医者に尋ねてみましょうかしら。」
「そうですね。然しそれにも及ばないでしょう。この頃だいぶお宜ろしいようではありませんか。」
「ええ、いくらか宜ろしいようにも思われますのよ、熱もずっと下っていますし、痰も殆んど出ませんから。」
「屹度よくなりますよ。河野君は頭がしっかりしていますし、少しの病気位は頭の力で治るものです。」
「ですけれど、この頃何だか苛ら苛らしてる様子が見えますので、それが私心配で……。そして追々寒くもなりますから。」