TRENDIA CLASSIC

愚かな一日

豊島与志雄

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瀬川が来ているのだなと夢現のうちに考えていると、何かの調子に彼はふいと眼が覚めた。と同時に隣室の話声が止んだ。彼は大きく開いた眼で天井をぐるりと見廻した。それからまた、懶い重みを眼瞼に感じて、自然に眼を閉じると、また話声が聞えてきた。やはり妻と瀬川との声だった。彼はその方へ耳を傾けた。

「……どうして取るのでございましょう?」

「さあ私も委しいことは聞きませんでしたが、医者に御相談なすったら分るでしょう。もし本当にそういうことがあるなら、もう専門医の間にはよく知られてる筈ですから。然し何しろ馬一頭を、そのためにわざわざ殺さなければならないから、たとえ効果が確かでも、広く実際に応用されるわけにゆかないのだと思いますね。私の友人の場合でも、院長が最後の手段として試みたものだそうですから。」

「でも確かにそれで治るものとしましたら……。」

「所が確かに治るとも断言出来ないのかも知れません。多くは体質によるんでしょうから。ただ私の友人の場合は、その手当が体質によく合ったものだろうと思われます。」

「馬一匹どれ位するものでございましょうか。」

「さあ……。そしてまた、どんな馬でもいいというのではないかも知れません。」

「ではお医者に尋ねてみましょうかしら。」

「そうですね。然しそれにも及ばないでしょう。この頃だいぶお宜ろしいようではありませんか。」

「ええ、いくらか宜ろしいようにも思われますのよ、熱もずっと下っていますし、痰も殆んど出ませんから。」

「屹度よくなりますよ。河野君は頭がしっかりしていますし、少しの病気位は頭の力で治るものです。」

「ですけれど、この頃何だか苛ら苛らしてる様子が見えますので、それが私心配で……。そして追々寒くもなりますから。」

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