理想の女
本文約38,000字 ・ 読了時間 約76分
あらすじ(AIが作成しました)
晩食後、枕の受け渡しを巡る些細な口論をきっかけに、夫は妻の秀子と激しい諍いを引き起こす。日常の些細な不満から家庭内の対立へと発展し、妻への暴力と拒絶、そして沈黙が二人の間に冷たい空気を生む。夫は妻や子供との間に修復不可能な亀裂を感じ、現実の愛を失う中で、具体的な姿を持たない理想の女を追い求める虚無感と孤独に囚われ、絶望的な精神の彷徨を続ける。
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私は遂に秀子を殴りつけた。自然の勢で仕方がなかったのだ。
私は晩食の時に少し酒を飲んだ。私達は安らかな気持ちで話をした。食後に私はいい気持ちになって――然し酔ってはいなかった――室の中に寝転んだ。電灯の光りを見ていると、身体が非常にだるく感じられた。秀子は室の隅の小さな布団に、みさ子を寝かしつけていた。その方へ向いて私は、「おい枕を取ってくれ、」と云った。
「しッ! 赤ん坊が寝ないじゃありませんか。」と秀子は答えた。
彼女の声の方が私のよりずっと高かった。眠りかかった子供が眼を覚したとすれば、それは寧ろ彼女の声のせいに違いなかった。然し幸にも子供は眼を覚さなかった。私は我慢して待っていた。所が秀子はいつまでも起き上ろうとしなかった。私は雑誌を五六頁読んだ。それから秀子の方を見ると、彼女は子供に乳を含ましたまま、いつしか居眠ってるらしかった。
私は立ち上って、押入から枕を取り出した。そして押入の襖をしめる時、注意した筈だったが、つい力が余って大きな音がした。秀子はむっくり半身を起した。そして、「静かにして下さいよ、」と云った。
その言葉の調子が如何にも冷かに憎々しかった。私は癪に障った。それで、また例の通りだとは思いながらも、其処にどたりと枕を投り出して、わざと大きな音がするように寝転んでやった。
「赤ん坊が眼を覚すじゃありませんか。」と秀子は云った。「眼が覚めたら寝かして下さいますか。」
「ではなぜ枕を取ってくれないんだい。」と私は答えた。
「それ位御自分でなさるが当り前よ、私ばかりを使わなくったって……。」
「じゃあお前は、いつも使われてる気で僕の用をしてるのか。心からこうしてあげようという気はないのか。」
「では御自分はどうなの。子供で手がふさがってるからという思いやりは、少しもないんですか。」