TRENDIA CLASSIC

反抗

豊島与志雄

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井上周平は、隆吉を相手に、一時間ばかり、学課の予習復習を――それも実は遊び半分に――みてやった後、すぐに帰ろうとした。其処へ保子が出て来て、心もち首筋から肩のあたりへしなを持たせた様子と、かすかに開いた唇から洩れる静かな含み声とで、彼を呼び止めた。

「井上さんちょいと!」

例のことだな、と周平は思った。そして、月の最終の日だということに妙な憚りを置いて、すぐに帰ろうとした自分の態度が、自ら卑屈に感じられた。

彼は少し顔を赤めながら、保子の後について茶の間へ通った。

「今日は急ぐんですか。」

「いいえ、別に……。」と周平は口籠った。

「そんなら、ゆっくりしていらっしゃいよ。いま珈琲でもいれますから。」

「ええ」と彼は答えたが、一寸極りが悪かった。そして、腰を立てようか落着かせようかと思い惑っていると、真正面から保子の言葉が落ちかかった。

「あなたはまだ、妙な遠慮をしてるのね。」

小さくはあるが、奥深く澄み切った眼で、じっと顔を見られると、周平は度を失ってしまった。仕方なしに眼を伏せて、頭を掻いた。

保子は更にいい進んだ。

「何も遠慮することはないでしょう。隆吉の面倒をみて下すってるんだから、私共からそのお礼を差上げるのは当然じゃないの。もし私共の方で忘れたら、進んで云い出して下さる位でなければ、いけないわよ。それなのに、月末だからといって、すぐに逃げ出そうとしたりして、ほんとに可笑しな人ね」

最後の言葉に少し浮いた調子があったので、周平は漸く落着くことが出来た。

「でも、金のことは何だか厭ですから……。」

「だからあなたは、お金に縁がないのよ。」

そう押被せておいて、彼女は調子を変えた。

「国許から送って来るだけで、どうにか間に合いますか。」

「ええ。然し全くの所、どうにかという程度です。」

彼は冗談のようにして云った。

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