がらり…………ぴしゃりと、玄関の格子戸をいつになく手荒く開け閉めして、慌しく靴をぬぐが早いか、綾子は座敷に飛び込んできた。心持ち上気した顔に、喫驚した眼を見開いていた。その様子を、母の秋子は針仕事から眼を挙げて、静かに見やった。
「どうしたんです、慌てきって。……今日はいつもより遅かったようですね。」
「ええ、お当番だったのよ。」
手の包みを其処に置いて、袴も取らずに坐り込んで、それから、低い強い語気で云い出した。
「お母さん!」
「え?」
仕事の手を膝に休めて、秋子は顔を押し進めた。
「お母さん!」とくり返して綾子は一寸息をついた。「この家は変な家ですってね。」
秋子は黙っていた。
「今日ね、あなたの家には何か変なことはなくって、と黒田さんが仰言るのよ。私何のことだか分らなかったから、よく聞いてみると、この家は前から評判の家ですって。何だか怪しいことがあるんですって。それで、どの人もみんな、はいるとじきに引越していって、空いてる時の方が多かったそうですよ。そこへ私達がやって来て落付いてるものだから、知ってる人は不思議がってるんですって。……ほんとに何のこともないの、としつこく黒田さんが仰言るから、ありはしないわ、よしあったって少し位は平気よ、二十世紀の者はお化なんか信じないから、と云ってやったわ。だけど……。」
「奥さま!」と襖の向うから声がして、女中の清が顔を出したので、秋子は俄に恐い眼付をして見せた。綾子は何のことだか分らずに、きょとんとした顔で口を噤んだ。
秋子は尋ねられた用事を清に答えておいて、それから暫くして、真顔で向き直ってきた。
「そんな話を誰にもしてはいけませんよ。………そして、何か変なことはないかと人に聞かれたら、何にもないと答えるんですよ。」
「なぜ?」
「なぜって、もしおかしな評判でもたってごらんなさい……。」
それがどうしていけないかをはっきり云い現わせなくて、彼女は中途で言葉を切った。
「だって、西洋の御伽噺にあるような、面白いお化なら出たって構わないわ。」
口を尖らし眼をくるりとさしてる綾子の顔を見て、秋子も自然と笑みを浮べた。