同胞
本文約15,600字 ・ 読了時間 約32分
あらすじ(AIが作成しました)
独り子として育った恒夫は、ある日祖母から自分には血を分けた弟がいると知らされる。相手は紙屋を営む一家に引き取られた小野田茂夫であった。驚きつつも相手を捜し当てた恒夫は、次第に茂夫と交流を深めていく。やがて祖母の危篤をきっかけに二人は再会を果たすが、周囲の大人たちが抱える複雑な過去や、家庭の事情が二人を静かに揺さぶる。兄弟としての絆を確かめ合う彼らは、新緑の香る庭で互いの存在を噛みしめる。
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恒夫は四歳の時父に死なれて、祖父母と母とだけの家庭に、独り子として大事に育てられてきた。そして、祖父から甘い砂糖菓子を分けて貰い、祖母から古い御伽話や怪談を聞き、母の乳首を指先でひねくることの出来るうちは、別に何とも思わなかったが、小学校から中学校へ進んで、それらのことがいつしか止み、顔に一つ二つ面皰が出来、独り勝手な空想に耽る頃になると、兄弟も姉妹もないことが、甘い淋しさで考えられた。
兄弟も姉妹もなくて自分一人きりだということは、自由なのびのびとしたことだったが、一方にはまた、張合のない頼り無いことでもあった。そして余りに広々とした満ち足りない心で、月や雪や花などをぼんやり見入っていると、独り子だという事実の奥に――事実の手の届かない仄暗い彼方に、自分と同じ血を分けた或る者の姿が、ぼーっと立現われてきた。或る時は、自分を力強く導いてくれる兄だった。或る時は、自分に戯れかかる弟だった。或る時は自分をやさしく慰めてくれる姉だった。また或る時は、自分を心から尊敬し信頼してる妹だった。そしていつも美しかった……というだけで、どうしても顔がはっきり見えなかった。単に美しいというだけでなしに、その眼鼻立をすっかり見て取りたいものと、心の努力を重ねるうちに、一体そういう兄弟姉妹を、自分は昔持ってたのか、現在持ってるのか、未来に持つようになるのか、または夢の中でだったのか、何だかもやもやとしてきて、一切分らなくなってしまうのだった。
馬鹿馬鹿しい空想だ、と恒夫はその想いから覚めると考えて頭の外に投り出してしまったが、それでもやはり時々、我知らず其処へ落込んでいった。事実の彼方という杳けさが、彼の心に甘えていた。
所が、それが単なる空想でなしに、事実となって現われてきた時、彼は喫驚して、父の位牌の前に沢山香を焚いた。