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TORENDIA

好意

本文約19,800字 ・ 読了時間 約40分

あらすじ(AIが作成しました)

重い病を抱える吉岡は、自身の容態を周囲と共有できず、孤独を感じている。そこへ友人である河野が感謝の意を込めた金を返しに訪れるが、吉岡はそれを自分への哀れみや過干渉と受け取り、交流は複雑な摩擦を生む。吉岡は周囲が測る自身の病状と、本人が抱く実感の乖離に苦しみながらも、死の自覚を拒んで生への執着を見せる。病室という限られた空間で交錯する、死を目前にした者の矜持と周囲の困惑を描く。

豊島与志雄

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河野が八百円の金を無理算段して、吉岡の所へ返しに来たのは、何も、吉岡の死期が迫ってると信じて、今のうちに返済しておかなければ………とそういうつもりではないらしかった。河野の細君にはそういう気持が多少働いてたかも知れないが、河野自身には少しもそんなことはなかったらしい。後で河野は私へ向って云った。

「八百円の金を拵えるのに貧乏な僕は、ひどい無理算段をしたには違いない。然し僕は、吉岡がもう長くは生きないだろうなどと思って、今のうちに返済しておかなければ、永久に吉岡の好意から解き放される機会がないと、そんなつもりでは少しもなかったのだ。僕はただ、吉岡を安心させる………いや安心させるのとも違う……何と云ったらいいかなあ……兎に角、吉岡が僕達の生活を救ってくれた。そこで僕達はどうにか生きてきた、そして今では自分の腕で暮してゆけるようになってる、というその感謝の意を、あの八百円で病床の吉岡に知らしたかったのだ。僕のやり方もまずかったには違いないけれど、あんな風に誤解されようとは、夢にも思わなかったことだ。」

河野としてはそれが本当の所だろう。然し吉岡の方にだって、単に誤解というだけでは片付けられない、もっと複雑な気持が働いてたに違いない。

が、こんな風に説明したり註釈したのではきりがない。じかに事件だけを物語ることとしよう。裏面にいろんな事情や感情が絡んでいたかも知れないし、話の正鵠を失することがあるかも知れないが、私としてはただ、眼に触れ耳に触れたことだけを、そのまま物語るの外はない。考えてみれば、変な話ではあるが……。

一

河野が八百円はいっている洋封筒を懐にして訪れた時、吉岡はわりに元気な平静な気分でいた。今日は朝から血痰が一度も出ないし、熱もないようだから、よかったらゆっくり話していってくれ給え、などと云って、人なつっこい笑顔で河野を迎えた。河野は意外な気がした。その離れの十畳の病室へ通される前に、彼は敏子さんから注意されたのだった。

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