TRENDIA CLASSIC

常識

豊島与志雄

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富永郁子よ、私は今や、あらゆるものから解き放された自由な自分の魂を感ずるから、凡てを語ろう。語ることは、あなたに別れを告げることに外ならない。別れを告げる時になってほんとに凡てを語る――これは人間の淋しさである。

あなたの生活について、行動について、私が最初に或る要求をもちだした日のことを、あなたは覚えているだろう。あの日の午後、私たちは鎌倉山のロッジの前で自動車を棄てた。ロッジは何かの普請中でしまっていたが、私たちはそれを遺憾とも思わないで、初秋の冷かに澄んだ光の中を、恋人どうしのように歩いていった。秋草の花、薄の穂、青い海、そして富士山がくっきりと空に浮出していた。晩になると、あの富士山の左手、箱根の山に、航空燈がきらめく……と、そんなことをあなたは話した。そうした言葉を私がなぜはっきり覚えているかというと、その頃丁度私は、航空燈の光のようなものを求める気持になっていたからである。

私は一個のルンペンに過ぎなかった。会社の金を拐帯して上海へ飛び、非合法な商売で生活に困らないだけのものを得て、また東京にまい戻り、さてこれから如何なる生活を為すべきかと思い迷ってる、一介の不徳なルンペン坪井宏に過ぎなかった。だから、あなたと知りあって、不覊奔放な気分から、ああした間柄になったのも、別に大した意味はない。あなたにとって私は単に享楽の道具にすぎなかったし、私にとってもあなたは単に享楽の道具にすぎなかった。いつからそうなったか、その最初の日附さえ私たちは覚えていない。最初の日附を覚えていないとは、ちょっと心細い、と云って私が苦笑すると、あなたも苦笑した。だが朗かな苦笑だった。

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