広々とした平野である。はてしもなく続いてる荒地の中に、狭い耕作地が散在し、粗らな木立や灌木の茂みも所々に見え、その間を、一筋の街道が真直に続いている。誰の手に成った耕作地か? 誰が通るための街道か? 見渡す限り、農家の部落もなく、道行く人の影もない。そしてそれらの上に、澄みきった大空が、円く蔽い被さっている。大空の真中に、白熱した大きな太陽が懸っている。太陽から発散するぎらぎらした光が、空と地とに一杯漲っている。凡てのものがじりじりと蒸されてゆく。大空の円天井に閉じ籠られてる空間は、電球の内部のように、干乾び窒息して小揺ぎだにしない。大地は暑苦しさに喘いでいる。耕作地は陽炎の息を吐き、草原は凋びきって色褪せた匂いを立て、樹木の葉は力無げに垂れ下り、街道は白い埃に埋っている。そして何物をも焼きつくさんとする炎熱が、凡ての上に力一杯にのしかかっている。そよとの風もない。
やがて、街道の上に、背の高い一人の男の姿が、何処からともなく、いつのまにか、幻のように現われてくる。擦れ切れた草履をはいて、すたすたと歩いている。歩毎にぱっと舞い上る埃が、またすぐ静に消えてゆく。男は無関心な足取りで、すたすたと歩き続ける。縞目も色合も分らない弊衣を一枚まとって、伸びるに任した蓬髪の頭には、帽子も被らないでいる。前方をじっと見据えた眼には、云い知れぬ獰猛な色が浮んでいる。もし誰かに出逢ったならば、うむを云わさず力の限りに、抱き緊めるか或は殴りつけるか、どちらかをしそうな眼色である。
そういう眼付で彼は、前方の何物を見つめているのか? それは、眩しい大空の光と、陽炎の立つ大地の温気と、凋びた草木の色褪せた匂いとが、一つに融け合って茫とした靄を作ってるあたりをである。その地平線のあたりに、人の心を誘う何物かが潜んでいる。光と炎熱とのこの天地の熔爐は、其処にただ一つの出口を持ってるかのようである。蓬髪の男はその一つの出口へ向って、獰猛な眼を見据えながら、狂人の足取りで、真直な街道を辿ってゆく。