奇怪な話
本文約7,000字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
故郷の隘路で目撃される大きな馬の足の伝承を入り口に、人体の一部が切り離された際に生じる不気味さや、精神の混濁がもたらす怪異を考察する。夜汽車で遭遇した見知らぬ裸足や、手術で切断された足の重みが看護婦に与える恐怖、他者の身体の一部に執拗な好奇心を抱く男の逸話などを通じ、肉体や精神に潜む常軌を逸した側面を綴る。また、埋められたはずの鯰が蘇った実話を引き合いに、生物が持つ根源的で不可解な生命力の不気味さを描き出す随筆である。
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私の故郷の村中に、ちょっと無気味な隘路がある。両側は丈余の崖で、崖上には灌木や竹が生い茂り、年経た大木が立並んで空を蔽い、終日陽の光を見ることなく、真昼間でさえ薄暗く、肌寒い空気が湛えている。隘路の地面は妙に湿っぽく、落ち散った木の葉がじめじめとこびりついている。而もこの隘路の中、片方に、深さ丈余の小溝があって、覗きこんでも底はよく見えず、ただ処々に、水の淀みの陰欝な反映があるのみである。
この隘路に、夕暮――日の光が消え、而もまだ提灯をつけるには早いという、昼と夜との合間の半端な薄闇の頃、ともすると、上方の茂みを貫いて、中天から、ぶらりと、大きな馬の足が一本垂れ下る……というのである。
その話は、私が幼い頃、祖母や其他の人々からきいた種々の話のうち、一番恐いものなので、今でも頭の中に残っている。夕方、不気味な隘路のなかに、大きな馬の足が一本、ぶらりと垂れ下る、とただそれだけのことであるが、それが変に、想像の中にはっきりした形をとって現われる。
その恐怖と闘うために、私はいろんなことを考えてみた。空をかける天馬があって、一日の疾駆に疲れ、夕方ほっと息をついて休む、その時、一本の足が、丁度隘路の上に垂れるのだと、そんなことを最も多く考えた。然しこの考えは、どうもしっくりこなくて、陰欝な隘路の夕闇の中にぶらりと垂れ下る一本の大きな馬の足だけが、あらゆる解釈や物語から超越して、まざまざと見えてくるのであった。
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馬の足の話は、いろんな形で、各地に、云い伝えられているものらしいが、その研究は暫く措いて、私はこれに似た事柄を、現実に、而も人間について、経験したことがある。
山陽線を旅していた時のことである。山陽線は、時折、瀬戸内海の景色を車窓に見せてはくれるが、ただそれだけで、いつも同じような山と田圃と町ばかり、そして同じような屈曲で同じ方向に、いつまでも汽車は走り続ける。あんな退屈な線路はない。夜汽車で通るに限る。