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TORENDIA

愉快な話

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

事実談やヨタ話、そしてクロポトキンの脱走劇や自身の闘病体験を素材に、ユーモアの持つ本質的な役割と精神的な価値を論じる。人生の悲哀や困難に直面した際、それを軽やかに受け流す愉快な話や、逆転の発想がもたらす微笑の意義について思索を綴る随筆である。

豊島与志雄

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🎧 愉快な話 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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愉快な話というものは、なかなかないものだ。殊に事実談になると猶更である。事実談は、どんな愉快な面貌を具えていても、どこかに一脈の憂愁を湛えている。現実というものが、本質的にそう佗びしいものであるか、或は現実に対する吾々の感性が、現実をそう佗びしく塗りたてるのか、いずれとも分らないが、とにかく不思議な現象ではある。

ヨタになると、随分愉快な話もありそうだ。ところがヨタというものは、凡人がやたらに弄ぶべきものではない。凡人の手に弄ばれる時、それは卑俗低劣に堕し、擯斥すべきものとなる。ヨタは、稀代の天才によってのみ生かされる。諸種のイズムの窮屈さをいとう稀代の天才が出て、もし文芸界に身を投ずるとしたならば、ヨタリズムなどという運動が起るかも知れない。それは諸種のイズムと対蹠的に立つイズムである。そして漫談などというものは、一種の凡人的ヨタリズムだ。

昨年の、朝日新聞か日日新聞かの、雑記帳とか青鉛筆とかいった欄に、次のような記事があった。

――アメリカで、すばらしい金儲の考案をした男がいる。大きな建物を設けて一方に猫を飼い、一方に鼠を飼う。ところで、猫の皮は一枚相当の価格がする。皮をはいだ猫の肉を鼠に食わせ、そして鼠算で繁殖する鼠を猫に食わせる。建物だけで、原料は何もいらずに、猫の皮が無尽蔵に収獲されるというのだ。誰かやってみる者はいないか。

これは一寸愉快な話だ。猫の肉だけで鼠が育つものかどうか、そんなことはここでは問題にならない。貧乏人は、奇想天外な金儲の話には、理屈を超越するものだ。

ところが、右の話、実は、イタリーのピチグリリがその作品のなかに、もっと面白く書いている。和田顕太郎氏訳「貞操帯」のなかの「アマチュア探偵」の一部を左に引用してみよう。

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