ヒロシマの声
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あらすじ(AIが作成しました)
1945年8月6日の広島への原子爆弾投下から4年余り、市内に残る生々しい被害の痕跡と、生き延びた市民の生活を綴る。爆心地周辺の石段に刻まれた人の影やケロイド状の火傷を負った人々の苦悩を通じ、原爆の恐ろしさと戦争の悲劇を描き出す。市民が自発的に掲げる平和への切実な叫びを軸に、軍都から平和記念都市へと脱皮を図るヒロシマの姿と、再び戦争の脅威に晒される世界における平和への祈りを論じる。
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一九四五年八月六日午前八時十五分、広島市中央部の上空に世界最初の原子爆弾が炸裂してから、四年数ヶ月になる。而も今になお、その被害の生々しい痕跡が市内の至る所に残っている。
眼がくらむ閃光、強烈な熱線と放射線、狂猛な爆風……。中空には、巨大な松茸形に渦巻き昇る噴煙、地上には、荒れ狂う火炎……。それが当時の状況で、一瞬のうちに、爆心地から半径約二キロに及ぶ四方を廃墟と化したのだ。
爆心地から五百メートルばかりの所に、大阪銀行支店がある。その正面入口の石段の片隅に、簡単な木柵がめぐらされている。覗いてみると、そこに、ありありと、人影が見られる。
当時、住友銀行といっていたその建物の、入口の石段の片隅に、一人の人間が腰掛けて、恐らくは片肱を膝について頬杖をし、なにか物思いに沈んでいたらしい。そこへ、原爆炸裂の閃光がパッと来た。その人は即死だったろう。然しその影が、石段に刻印された。
石段は花崗岩で出来ている。主成分の石英や長石の白色部分は、閃光を反射すること多く、雲母の黒色部分は、閃光を多く吸収して溶解し、そのため、花崗岩の表面は洗われたように白ずむ。この現象は多くの墓石などにも見られるし、或いは石の表面が剥離してるのもある。前記銀行の石段は雲母が熔解して白ずんだが、人影のところだけ旧態を保った。一瞬の間のことだ。
その黒ずんだ人影は、今もそこに腰掛けて、物思いに沈んでいる。何を考えているのか、などとセンチメンタルなことは言うまい。ただ、その人影を見ていると、こちらの胸に熱い思いが湧き上ってくる。――「もうこんなことはたくさんだ! もうこんな戦争はたくさんだ! 僕の影が、君の影が、多くの人たちの影が、花崗岩の表面に刻印されるようなことは、もう御免だ!」
石の面や壁の面に人の姿が刻印されているのが、当時はいくつも見られて、怪談さえ生れた。現に、ガス会社のタンクには、それを囲む鉄枠の影が、爆心地の方面に濃く刻みつけられている。中央公民館に聚集されている屋根瓦は、いろいろの程度に、表面が溶解して熔岩様を呈している。