TRENDIA CLASSIC
狸石
豊島与志雄
1 / 5
戦災の焼跡の一隅に、大きな石が立っていた。海底から出たと思われる普通の青石だが、風雨に曝されて黒ずみ、小さな凹みには苔が生えていた。高さ十尺ばかり、のっぺりした丸みをなしていて、下部を地中に埋め、茶釜大の丸石で囲んであった。その石全体の恰好に、別に奇はなく、人目にはつかないが、然し見ようによっては狸とも思えた。巨大な狸が尻で坐って、上半身をもたげ、真直にすーっと伸び上ってる、そういう姿なのだ。じっと見ていると、ますます狸に似てきて、頭をもたげとぼけた風で空を仰いでおり、眼らしい凹みもあり、前足を縮めてるような突出部もあり、なお見ていると、こちらにやさしく抱きついてきそうである。
都心に遠く、昔は郊外とも言える土地で、その辺一帯が焼跡になっていて、人家もまだ余り建たず、薄荷の匂いのする青草が茂り、所々に芒が伸びていた。その荒地を分けた小道のほとり、石屋の名残りらしく、大小さまざまな石がころがっていて、その片隅に、巨大な狸が伸び上って空を仰いでるのである。然しその狸石に注意を向ける通行人は殆んどなく、時折その辺へ遊びに来る子供たちが、肩に登ったり、チョークでいたずら書きをするだけで、ただ放置されていた。
ところが、或る夜、淡い上弦の月が西空に傾いてる頃、その焼跡に、青白い火がどろどろと燃えて、狸石のほとりにぼーっと明るみを投げ、人の姿を浮き出さした。背の高い痩せた蓬髪の男で、狸石の肩のところに両腕でもたれかかり、腕に顔を伏せている。泥酔しているのか泣き悲しんでいるのか、どちらとも分らない。ただ異様なのは、着流しの和服らしいその裾からはみ出している片足が、血まみれになっていた。
豊島与志雄の他の作品
TRENDIA CLASSIC
小説集「白い朝
」後記
豊島与志雄
小説集「白い朝」後記
豊島与志雄 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
随筆評論集「書
かれざる作品」
後記
豊島与志雄
随筆評論集「書かれざる作品」後記
豊島与志雄 ・ 約1分
TRENDIA CLASSIC
秋の気魄
豊島与志雄
秋の気魄
豊島与志雄
TRENDIA CLASSIC
秋の幻
豊島与志雄
秋の幻
豊島与志雄
TRENDIA CLASSIC
悪魔の宝
豊島与志雄
悪魔の宝
豊島与志雄
TRENDIA CLASSIC
浅間噴火口
豊島与志雄
浅間噴火口
豊島与志雄
TRENDIA CLASSIC
悪夢
豊島与志雄
悪夢
豊島与志雄
TRENDIA CLASSIC
朝やけ
豊島与志雄
朝やけ
豊島与志雄
TRENDIA CLASSIC
足
豊島与志雄
足
豊島与志雄
TRENDIA CLASSIC
明日
豊島与志雄
明日
豊島与志雄
TRENDIA CLASSIC
アフリカのスタ
ンレー
豊島与志雄
アフリカのスタンレー
豊島与志雄
TRENDIA CLASSIC
新たな世界主義
豊島与志雄
新たな世界主義
豊島与志雄