正覚坊
本文約5,600字 ・ 読了時間 約12分
あらすじ(AIが作成しました)
一人暮らしの老漁夫平助は、暴風雨の晩に大きな海亀の正覚坊を助け出し、酒を酌み交わす仲となる。二人は夜漁で大漁を重ねて絆を深めるが、村人が亀を捕らえようと画策し始める。窮地に陥った平助は亀を海へ帰す決意をし、深夜に別れを告げる。その後、平助は沼のほとりで亀の石像を刻み続け、やがてその像の傍らで姿を消す。村人は亡き平助を悼み、石像を供養する。現在もその沼は正覚坊沼と呼ばれ、漁の豊かさを祝う場所として親しまれている。
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正覚坊というのは、海にいる大きな亀のことです。地引網を引く時に、どうかするとこの亀が網にはいってくることがあります。すると漁夫達は、それを正覚坊がかかったと言って大騒ぎをします。正覚坊が網にかかるときっと大漁がある、と言われているのです。漁夫達は皆集まって正覚坊をとり巻き、近所の家から酒をたくさん取り寄せて、それを正覚坊に飲ませます。正覚坊は酒が好きです。頭が赤くなるほど酒のごちそうになって、それから海に放されます。うれしそうに頭を打ち振りながら、波の上を沖の方へ泳いで行きます。漁夫達はその姿を見送って、残りの酒を皆で飲みながら、大漁節というおもしろい歌を歌ったりなんかして、次の大漁を祝います。
そういう正覚坊について、おもしろい話があります。
ある海岸の漁夫村に、平助という一人者の漁夫がありました。昔は沖遠くまで漁に出たりなんかして、強いたくましい若者でしたが、家族の者はみんな死んでしまい、ひとりっきりで年は取りますし、後には、岸辺の小魚や川の魚などを取って、その日その日を送っていました。そしてこの平助は、酒が大変好きでした。いくら飲んでも酔ったことがありませんでした。あまり飲むと身体にさわるよと人に言われても、彼は平気でした。酔うから身体にさわるので、俺のように酔ったためしのない者はいくら飲んでも大丈夫だ、と彼はいつも言っていました。始終貧乏をしながら、少しお金があると酒ばかり飲んでいました。村の人達は彼のことを、正覚坊だとあだなしていました。
ひどい暴風雨の晩でした。平助はいつものように徳利を前にすえて、ひとりつまらなそうに酒を飲んでいました。すると、表の戸をことりことり叩くものがあります。初めは風の音かと思っていましたが、それが何度も続くものですから、平助も少し気になりました。彼は杯を前に置いて、表の方をふり返りながらたずねました。
「誰だい?」
何の返事もありませんでした。耳をすますと、風と雨との音に交じって、やはりことりことりと戸を叩いています。
「何か用事かね」と平助はまたたずねました。