TRENDIA CLASSIC

程よい人

豊島与志雄

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「あなたは仮面をかぶっていらした。その仮面を脱いで下さい。」

泣きながら、京子は言うけれど、私としては、別に仮面をかぶっていたわけではない。ただ、最も穏当な方便を講じ、謂わば中道を歩いたに過ぎない。中道を歩く者に、どうして罪など犯せるものか。人々から非難される理由を、私は自分に発見出来ないのだ。

或は、私は余りに謙虚な態度を装ったかも知れない。然し謙虚な態度というものは、如何なる場合にも尊重されて然るべきであろう。殊に、同僚から金を借りるような場合、どうして傲慢な態度など取れるものか。

私はいつも、極めて静かに話をした。憐れっぽくもちかけて相手の心情を動かすというようなこともせず、深刻悲痛な調子で相手の同情を喚起するというようなこともせず、ただ静かに謙虚に話をした。つまり程好い話し方をしたのである。

――一万円ばかり、一カ月間、融通してもらえないでしょうか。

一万円ばかりと、金額をぼんやりさせておくことが大切であり、その代り、一カ月間と、期限を明確にしておくことが大切なのだ。この点を私は強調した。

――一カ月後には、伯父から金が来ることになっている。まかり間違ったら、僕自身の給料をそっくり返済にあてるつもりです。

私の月給は一万円と少しばかりあるし、この儀に不安はない。ただ伯父というのだけが方便であるが、それも言葉の上のことで、他から金がはいる約束になっているのだ。

――どうにもせっぱつまったというほどのことでもないし、是非ともとお願い出来る事柄でもないが、もし融通して貰えたら、たいへん仕合せだと、お話してみたのです。

少しくゆとりを示しておくことが必要なのである。

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