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TORENDIA

牛乳と馬

本文約12,200字 ・ 読了時間 約25分

あらすじ(AIが作成しました)

避暑地の高原で療養する秋子は、ある日、馬に乗った男・小野田達夫と出会う。突然の接近で牛乳を割られたことをきっかけに、小野田は秋子の家を訪ねるようになる。小野田は秋子の病弱な姉と面会し、かつて姉の恋人であった戦死した戦友・高須正治の最期の伝言と写真を伝える。その事実を知った姉は衝撃を受けて倒れ、やがて亡くなる。秋子は小野田に対し、その強引さと無神経さ、そして軍人としての本質に激しい憤りを覚える。

豊島与志雄

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橋のところで、わたしは休んだ。疲れたわけではないが、牛乳の一升瓶をぶらさげてる、その瓶容れの藁編みの紐が、掌にくい入って痛かった。どうせ急ぐこともない。牧場の前の茶店まで、家から一キロ半ほどの道を、散歩のつもりで往復するのである。九月にはいると、この高原はもうすっかり秋の気分。咲き乱れた女郎花にまじって、色とりどりの秋草が花を開きかけている。避暑客も少くなり、道行く人もあまりない。あたりの空気がすっきりした気持ちだ。

途中に、小川があって、木の橋がかかっていた。その橋から川の中を覗くのが、とても楽しかった。川の水は冷たく、清冽とも言えるほど澄みきって、藻草をそよがせながら、深々と流れている。きれいな魚もいるに違いない。その一匹でも見つけたい、せめて小蝦でも、鮠の子でも、と思って覗くのだけれど、何も見えない。それでも、藻の間にちらちら影がさしたり、小石の上にちらと光が流れたりするのが、面白い。それほどきれいな水だった。

その時も、我を忘れて、橋の欄干から身を乗り出し、川の中を一心に覗いていた。すると、突然、馬の足音が聞えた。駆けてくるのだ。すぐそばに、身近に、ぱかっぱかっと駆けてくる。振り返ると、もう馬は橋にさしかかり、わたしの方へ真直に向ってくる。よける隙もない。あ、と声を出すと同時に息をつめ、橋の反対側へ飛びのいたが、馬はそっちへ来るし、わたしはまたこちらへ飛びのいたが、危い、と思うと共にまたあちらへ飛びのいた。とたんに、真黒な風のようなものが身を掠め、わたしは欄干にすがりついて屈みこんだ。

つぶっていた眼を開くと、橋を渡りきったすぐそこに、馬は止っていて、男のひとが馬から降り、手綱を引っぱって戻ってきた。わたしは少し極りわるく、立ち上って、無意味にお時儀をした。

「怪我はなかったでしょうね。」

わたしは無言で頭を振った。

「動かないでおればいいんですよ。いきなり、道の真中に飛び出してくるもんだから、こっちでびっくりしちゃった。」

ずいぶんぞんざいな言葉つきだ。

「あ、こいつあいけない。」

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