田園の幻
本文約8,000字 ・ 読了時間 約17分
あらすじ(AIが作成しました)
東京から訪れた「私」は、滞在先の村で三好屋の花子から小さな柳甲李を預かる。花子はその夜、村の若者たちを河の堤防に呼び出すが、彼女は不審な死を遂げる。村の有力者である宗吉との投網や八幡様の祭りが続く中、柳甲李には花子の粗末な身の回りの品と鬼子母神の御守札が収められていたことが明らかになる。村の伝統や因習に翻弄された女の秘密と、それを見届けたよそ者の「私」が抱く田園風景への記憶と複雑な心情を描く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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「おじさん、砂糖黍たべようか。」
宗太郎が駆けて来て、縁側に腰掛け煙草をふかしている私の方を、甘えるように見上げた。私に食べさせるというより、自分が食べたそうな眼色である。
「だって、君んとこに、砂糖黍作ってないじゃないか。」
「うん、貰って来るよ。今日はお祭りだから、誰も叱りゃしない。」
先日、夕食後の散歩の時、宗太郎が砂糖黍を二本折り取ってきて、私に食べさせたが、それがよその畑のもので、あとで小言が来た。それでも、東京からのお客さんに食べさせるためだったということで、ああそうか、と済んでしまった。おかげで、私は十本ばかり高値に買わせられた。東京からのお客さんには、へんな特権があるらしい。
日没後の残照の中に夕靄がたなびき、靄が薄らぐと共に明るみも薄らぎ空の星が光りを増してくる。
ドーン、ドーン、ドンドコドン、ドーン、ドーン……
太鼓の音がするようだ。耳をすますと、果して、八幡様の森の方で太鼓の音がしている。もうお祭りが初まるのであろう。
宗太郎が砂糖黍を二本かついで来た。まだ若くて、根本の方にしか甘みはない。私がジャック・ナイフを出してやると、彼は砂糖黍を一節ずつ器用に切った。
堅い表皮を歯でむいて、まだ薄皮の残っているやつを噛みしめるのである。青ぐさい仄かな甘みが、砂糖のあくどさと違って、野の幸を思わせる。
「お父さんどうしてるんだろう。」
砂糖黍の噛み滓を吐き出し、太鼓の音に聞き耳を立てて、宗太郎は呟いた。投網の夜打ちが済んだら、彼は八幡様のお祭りに行くつもりなのである。