TRENDIA CLASSIC

化生のもの

豊島与志雄

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小泉美枝子は、容姿うるわしく、挙措しとやかで、そして才気もあり、多くの人から好感を持たれた。海軍大佐だった良人を戦争で失い、其後、再婚の話も幾つかあったが、それには耳をかさず、未亡人生活を立て通していた。書生が一人、奥働きの女中が一人、下働きの女中が一人、それだけの家庭で、なお遠縁に当る中学生を一人預っている。近所の評判もよかった。

ところが、近頃、知人たちの間に、ひそひそと交わされる噂が拡まっていった。美枝子に愛人があるらしいというのである。

「まあ、あのひとに。」

「そうなんですよ。」

「ほんとうかしら。」

「どうやら、ほんとうらしいんですの。でも、相手の男のひとが誰だか、さっぱり分らないそうですから、それがすこし、おかしいんですって。」

美枝子の交際範囲の男たちを物色してみても、一向に見当はつかなかったし、噂の出所も不明だった。そうなってくると、噂そのものの真偽も疑われた。

そのうちに、噂は別な形を取っていった。美枝子が姙娠してるらしいというのである。

「まあ、だんだん具体的になりますのね。」

「そうですよ。けれど、相手の男のひとが誰だか、やっぱり分らないそうですの。」

「ほほほ、聖母マリアみたい……。もっとも、あのひとは処女ではない筈ですけれど。」

「いまに、キリストさまがお産れなすったら、たいへんなことになりましょうね。」

「さあ、どうでしょうか。産れる前に、処置しておしまいなさるかも知れませんし。」

「そのようなこと、簡単に出来るものでしょうかしら。」

「いずれは、入院とか旅行とか、そんなことでございましょうね。」

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