化生のもの
本文約13,100字 ・ 読了時間 約27分
あらすじ(AIが作成しました)
亡き夫の恩義を受ける家庭教師の浅野正己と親しい関係にある小泉美枝子。美枝子の周囲では、彼女の愛人や妊娠をめぐる根拠のない噂が飛び交うが、当の本人は動じることなく社交生活を送る。ある日、美枝子のもとに浅野から、ある事件と自身の道ならぬ恋への告白を綴った手紙が届く。世間の好奇の目にさらされながらも、静かに日常を維持しようとする彼女の姿と、複雑な愛憎の結びつきを描く。
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小泉美枝子は、容姿うるわしく、挙措しとやかで、そして才気もあり、多くの人から好感を持たれた。海軍大佐だった良人を戦争で失い、其後、再婚の話も幾つかあったが、それには耳をかさず、未亡人生活を立て通していた。書生が一人、奥働きの女中が一人、下働きの女中が一人、それだけの家庭で、なお遠縁に当る中学生を一人預っている。近所の評判もよかった。
ところが、近頃、知人たちの間に、ひそひそと交わされる噂が拡まっていった。美枝子に愛人があるらしいというのである。
「まあ、あのひとに。」
「そうなんですよ。」
「ほんとうかしら。」
「どうやら、ほんとうらしいんですの。でも、相手の男のひとが誰だか、さっぱり分らないそうですから、それがすこし、おかしいんですって。」
美枝子の交際範囲の男たちを物色してみても、一向に見当はつかなかったし、噂の出所も不明だった。そうなってくると、噂そのものの真偽も疑われた。
そのうちに、噂は別な形を取っていった。美枝子が姙娠してるらしいというのである。
「まあ、だんだん具体的になりますのね。」
「そうですよ。けれど、相手の男のひとが誰だか、やっぱり分らないそうですの。」
「ほほほ、聖母マリアみたい……。もっとも、あのひとは処女ではない筈ですけれど。」
「いまに、キリストさまがお産れなすったら、たいへんなことになりましょうね。」
「さあ、どうでしょうか。産れる前に、処置しておしまいなさるかも知れませんし。」
「そのようなこと、簡単に出来るものでしょうかしら。」
「いずれは、入院とか旅行とか、そんなことでございましょうね。」