紫の壜
本文約11,700字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
戦後の酒場で再会した「私」と弓子は、互いの惨めな愛情と貧しさを確認する。弓子が所持していた毒薬の紫色の壜が、二人の関係を宿命的に変えていく。彼女の急死により殺人か心中かの疑いをかけられた「私」は、当局の自白強要に抗いながら、尿意を催したという己の卑小な事実に苦悩する。真実を語る決意を固めた「私」が、閉塞感の中で自身の生と結びついた「弓子」を心に留め、自らの運命と対峙していく姿を描く。
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検察当局は私を、殺人罪もしくは自殺幇助罪に問おうとしている。私は自白を強いられている。だが、身に覚えないことを告白するのは、嘘をつくことだ。この期に及んで嘘をつきたくはない。軍隊生活では平然と嘘をつくことを教えられてきた。それを清算したい意味もあるのだ。私は真実だけを語りたい。
それにしても、当事者の私にとって明瞭な真実は、如何に僅かな些細なものであることか。それが私の悲しい不幸だ。しかもその僅少な真実の中に、なんとも恥しくて言いにくい事柄が含まっている。その事柄を中心に局面が転回したとも見える。どうしてあのようなばかなことを私はしたのだろう。
私はすっかり打ち拉がれていた。そして悲愴なものが胸に溢れていた。
「北海道へはいつ発つの。知らしてね。上野駅まで送っていくわ。」
皮肉かとも思える調子で弓子は言った。――私が待ち望んでた言葉とはまるで反対だ。行っちゃいや、ねえ、行っちゃいやよ、そんな言葉を私は空想していたのだ。
だが、その後で、これはまたなんとしたことだろう、弓子は私の肩を抱き寄せ、そして私に長い接吻を許した。いや、許したのじゃない、彼女の方から私にしたのだ。私がこれまで知らなかったような接吻の仕方である。唇と舌とを絶えずゆるやかに波動さして……。彼女の過去がそこにもあったのだろうか。二人とも酔っていた。吐く息も唇もアルコールくさかった。アルコールは体臭を消して、ただ純粋な触感だけを残す。彼女の唇と舌との巧妙な波動にあやつられて、私は苦悩に似た忘我の中に沈みこみ溺れこみ、そしてきながら、彼女の全身に縋りついていった。
その時、彼女はするりと私の両腕から脱け出した。――私はなぜ彼女をしっかと抱き緊めていなかったのだろう。壊れやすい硝子器にでも取りすがるような姿態だったに違いないのだ。
「センチになっちゃだめよ。」
熱い息で彼女は囁いた。肉付の薄い頬に、凍りついたような微笑が刻まれていた。そしてそれらとは全く別個に、美しい水滴が、彼女の睫毛にたまってほろほろと落ちた。それを私は確かに見た。幻覚ではなかったのだ。