TRENDIA CLASSIC

吹雪のユンクフラウ

野上豊一郎

1 / 14

アルプス連峰の容姿の目ざめるような美しさにいきなり打たれたのは、ベルンに着いてベルヴュー・パラース(ホテル)の二階の部屋に通された瞬間だった。南東を受けた大きな窓一ぱいに遠く雪を戴いた山々が一列に並んで、時刻はもう十九時(午後七時)を過ぎているのに日中の光のまだ残ってる碧空に、くっきりと鮮やかな空劃線を描き出してる美しさ! 尖峰の数は目分量で三十から四十もあろうか? 鋭くとんがったり、おんもりと円味を見せたり、そぎ落されたようなのや、曲りくねったのや、威儀を正したものもあり、無造作に坐ったのもあり、孤立したもの、寄り集まったもの、思い思い勝手な方向を向いて、実際は比較的近いのも比較的遠いのもあるらしいが、距離のために一列になって見え、全体として、いかにも清らかに鮮やかに花やかに、且つ、消えたばかりの夕映の名残を浴びて皺襞の陰影が甚だ繊細な微妙なものでさえあった。私は今までこれほど豪華な山嶽の駢列を見たことがなかった。オリュンプスの神々女神たちの行列を作ってるところを思いもかけずかいま見たような驚きと喜びだった。

それに私の立ってるところと連峰の間には、殆んど地上で想像される限りの美しい通観があった。赤味の勝った絨毯と壁紙で飾られた部屋のすぐ下には碧玉を溶かしたようなアーレの流れがあり、対岸はよく整頓された並木に縁どられて、色さまざまの家屋の列が幅狭くつづき、その先は深い樹林の帯で、もう春の新鮮な衣装をまとった丘が背景をなして、そこから連峰までの間にはあまり高くない無数の山々がまだ冬の姿のままで起伏し、一番先に白皚々のすばらしい屏風が青空を仕切ってるのだから、それ等を通観した大きな画の前に、全く、しばらくはただ茫然と見とれてるだけで、ほかになんにも考える余裕はなかった。

野上豊一郎の他の作品