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TORENDIA

ヨーロッパ的性格 ニッポン的性格

本文約17,000字 ・ 読了時間 約35分

あらすじ(AIが作成しました)

四百年前に接触したヨーロッパと日本の性格の差異を論じる。宣教師たちが残した精確な報告と、個人的な感情や偏りに終始する日本側の手記を対照し、事物そのものの個性を捉えるヨーロッパの観察眼の重要性を指摘する。あわせて、フランシスコ・ザヴィエルによる布教の様子や、織田信長が宣教師から譲り受けた黒人従者との関わりなどを通じて、当時の日本人が示した好奇心や理知的な側面、そして対外的な礼儀と威信へのこだわりを考察する。

坂口安吾

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ヨーロッパとニッポンが初めて接触いたしましたのは、今から四百年ばかり前のことでありますが、その当時に、ニッポンの性格とヨーロッパの性格とが引き起こした摩擦とか、交渉とかいうものを私の見た眼から、皆さんにお話してみたいと思います。

具合のいいことに、その当時ニッポンへやって来ました、皆さん御存知のいわゆるキリシタン・バテレンという、あれはカトリックのほうの宣教師なのでありますが、神父と申しますような人たちが、それぞれ故国へ手紙をやったり、報告を出したりしていまして、これらが今日残っておりまして、当時の事情を知るために非常に大切、貴重な文献となっております。

ニッポンにも、この当時の事件とか事情とかを書いたいろいろの手記、記録というものがありますけれども、残念ながらニッポン製の資料というものは役に立たないのであります。殆んど駄目であります。

それと申しますのが、ヨーロッパなどの外国の人たちの観察の方法と、ニッポン人の観察の仕方とは、本来的に非常に差異がありまして、ニッポン人はどうも物事を大いに偏って見る傾向がありまして、たとえば烈火のごとく怒ったとか、ハッタとにらんだとか、そんな風に云ってしまって、それだけで済ましてしまうという形が多いのであります。物事をそれらの物事そのものの個性によって見る、そのもの自体にだけしかあり得ないというような根本的にリアルな姿を、取得しておらないのであります。そういうことが、まことに不得意なのであります。

でありますから、実例をとって申しますと、織田信長が本能寺で殺されました時のことを、「信長記」という本がありまして、それに書いてあるのを読んでみますと――

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