小さな山羊の記録
本文約9,300字 ・ 読了時間 約19分
あらすじ(AIが作成しました)
重い鼻カタルや幻聴、仕事への極端な執着に苦しむ著者が、病的な心身の不調と戦いながら執筆と旅を繰り返す様子を綴る。執筆の希望を求めて訪れた京都への旅行で限界を迎えた著者は、精神病院へ入院し持続睡眠療法を受けることになる。蓄膿症と信じていた鼻の不調が精神症状の一種であったと判明するまで、苦悶の日々を送った記録である。
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私は若い頃から、衰頽の期間にいつも洟汁が流れて悩む習慣があった。青洟ではなく、透明な粘液的なものであった。だから蓄膿症だと思ったことはない。然し、ねていると胃に流れこみ、起きていると、むやみに洟をかみつゞけなければならない。胃へ流れこむまゝにすると、忽ち吐き気を催し、終日吐き気に苦しんで、思考する時間もなく、仕事に注意を集中し持続するということが全く不可能となるのであった。
私は元来、甚しく鼻カタルを起し易いタチで、鼻が乾いた時にはテキメンにやられるのが習慣であるから、年中、四半分ぐらいずつ風邪気味に、自然の天恵によって鼻がぬれているような体質なのではないかと思っていた。そのぬれ方のひどい時期に吐き気を催すのみで、それだけのことだろうと、長い年月一人ぎめにしていたのである。
去年の八月から、又、これがひどくなった。その時も、まだ、私は、これを蓄膿症だとすらも思わない。私は去年の夏は、すぐ近い矢口の渡しへボートをこぎ、泳ぎに行った。そのために、特別洟汁がでるのだろうと思い、まれに泳ぐからいけないので、泳ぎに馴れゝば却って良くなろうかと考え、体力が疲労していたにも拘らず、強いて水泳ぎにふけった。すると、洟汁はもう決定的なものとなり、八月以来、私は吐き気に苦しみ、思考に注意力を集中持続することが出来なくなった。つまり、仕事ができなくなったのである。
然し、これを明確に自覚したのは去年の八月であるが、やゝ軽度の症状としては、去年の一月頃から、すでにそうであったかも知れない。
去年の八月からの私は、吐き気と闘うためのひどい労苦がつゞいた。先ず思考力を集中し持続するために、多量に覚醒剤を服用する必要があり、しかも、その効果は少く、たゞ目が冴えて眠られないという結果をもたらすばかりである。たゞさえ吐き気に苦しみつゞけているのだから、眠るためにアルコールを用いることが難儀となり、いきおい催眠薬の使用が多くなった。その頃から、アドルムを十錠ずつ用いるようになったのである。