TRENDIA CLASSIC

山姥の話

楠山正雄

1 / 7

山姥と馬子

冬の寒い日でした。馬子の馬吉が、町から大根をたくさん馬につけて、三里先の自分の村まで帰って行きました。

町を出たのはまだ明るい昼中でしたが、日のみじかい冬のことですから、まだ半分も来ないうちに日が暮れかけてきました。村へ入るまでには山を一つ越さなければなりません。ちょうどその山にかかった時に日が落ちて、夕方のつめたい風がざわざわ吹いてきました。馬吉は何だかぞくぞくしてきましたが、しかたがないので、心の中に観音さまを祈りながら、一生懸命馬を追って行きますと、ちょうど山の途中まで来かけた時、うしろから、

「馬吉、馬吉。」

と、出しぬけに呼ぶ者がありました。

その声を聞くと、馬吉は、襟元から水をかけられたようにぞっとしました。何でもこの山には山姥が住んでいるという言い伝えが、昔からだれ伝えるとなく伝わっていました。馬吉もさっきからふいと、何だかこんな日に山姥が出るのではないか、と思っていたやさきでしたから、もう呼ばれて振り返る勇気はありません。何でも返事をしないに限ると思って、だまってすたすた、馬を引いて行きました。ところがどういうものだか、気ばかりあせって、馬も自分も思うように進みません。五六間行くと、またうしろから、

「馬吉、馬吉。」

と呼ぶ声が聞こえました。しかもせんよりはずっと声が近くなりました。

馬吉は思わず耳をおさえて、目をつぶって、だまって二足三足行きかけますと、こんどは耳のはたで、

「馬吉、馬吉。」

と呼ばれました。その声があんまり大きかったので、馬吉ははっとして、思わず、

「はい。」

といいながら、ひょいとうしろを振り向くと驚きました、もう一間とへだたっていないうしろに、ねずみ色のぼろぼろの着物を着て、やせっこけて、いやな顔をしたおばあさんが、すっとそこに立っているのです。そして馬吉の顔を見ると、にたにたと笑って、やせたいやらしい手で、「おいで、おいで。」をしました。

馬吉は、

「あッ。」

といったなり、そこに立ちすくんでしまいました。するとおばあさんはずんずんそばへ寄って来て、

「馬吉、馬吉。大根をおくれ。」

楠山正雄の他の作品