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TORENDIA

新劇運動の二つの道

本文約2,000字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

新劇という言葉に込められた多様な意味や、欧米の先駆的な演劇革新と日本の特殊な事情が生んだ近代劇普及の必要性を論じる。築地小劇場が牽引する前衛的な運動と、新劇協会が歩む俳優の訓練や流動的な演劇活動という二つの道を取り上げ、それぞれの本領を発揮することの重要性を綴る。多様な演劇的才能を受け入れ、日本の劇壇において独自の意義を担う新劇協会の活動を詳述し、日本の演劇が根底から築かれるべき現状を指摘する。

岸田國士

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「新劇運動」といふ言葉の意味は様々に用ひられてゐる。それは、しかしながら、常に、所謂「新劇」といふ言葉の内容から生じる区別であると同時に、「運動」なるものゝ本来の性質が極めて漠然としてゐるところに基因してゐるやうに思はれる。

現在、日本で呼ばれてゐる「新劇」とは、歌舞伎劇及び新派劇に対するもので、その特色とする処は、「欧米近代劇の流を汲む」といふことである。然るに、今日まで、此の種の劇が劇壇の主流となり得ない事実の前に、凡ゆる苦悶が続けられてゐる。此の苦悶を、「新劇運動」と呼ぶならば、正に、欧米の所謂「新劇運動」なるものと、著しくその趣を異にすべきである。

欧米に於ける「新劇」とは、それは、最早、近代劇の別名ではない。従つて、此処に一人の「新劇運動者」なるものが現はれたとすれば、それは最早「近代劇」の樹立を標榜するものではなくて、既に近代劇の名によつて総称せらるべき、既成演劇から、一歩、何か知ら「新しきもの」への躍進を志してゐるのである。そして、その傾向が近代主義的であり、又は本質主義的であることには関係なく、何れも、所謂「先駆的」精神に支配されてゐることは云ふまでもない。そして此の意味に於ける「新劇運動」が我が国でも、夙に築地小劇場、心座、前衛座等の手によつて、少くとも、これらの劇団の仕事の一部として、われわれに光輝ある未来を提示してゐることは周知の事実である。

然しながら、私は、築地小劇場が、その一方に於て努力しつゝあるやうな、別の意味の、現代日本の特殊な事情が生んだ「新劇運動」――即ち、「近代劇の普及」なる一見生彩のない仕事をも甘んじて続けて行く忍耐が必要であると思ふ。

新劇協会は寧ろ、今、此の方面で、その努力を識者から認められようとしてゐる。

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