新聞小説
本文約1,800字 ・ 読了時間 約4分
あらすじ(AIが作成しました)
新聞小説の執筆における形式と内容のあり方、及び広範な読者層に対する作家の向き合い方を論じる。多様な教養や思想を持つ読者へ訴えかける手法として、現代社会への批判的視点の重要性を説く。また、流行に流される風潮への懸念や、読者・社内の評判の不確実性に言及し、新聞社が求める既成の型に縛られず、いかにして広範な読者の支持と自身の表現の両立を図るべきかという創作上の課題を考察する。
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新聞小説には殆ど経験がないといつてもいゝし、従つて自分でかうといふ野心を持つてゐるわけでもありませんけれども、自分だけの問題として考へれば、これからも新聞の小説を書いてみようといふ興味があるし、書くに就いては形式の上から云つても内容の上から云つても、自分が満足するだけでなく、非常に広い範囲にわたる読者へ相当興味の持てるやうなものをといふ事は自然考へてゐます。
で、その形式や内容から言つて極く広い読者層に訴へるやうな小説といふのは、結局現代の社会を作家としての自分の特殊な立場から見て、それにある程度の批判を加へたものでなければならない。一体に新聞の読者といふものが外の雑誌の読者と異つて、どういふ層を含んでゐるといふ事はこれは殆ど見究めがつかないと思ひます。新聞の種類などによつて多少見当のつく場合もありますが、更にその新聞の読者の中でどういふ種類の人達が毎日の続きものを読んでゐるかといふ事になると、これは殆ど現在の商業劇場の見物以上に多種多様であつて、一口に言へば同じものがある読者にとつては非常に面白く、ある読者にとつては非常につまらないといふやうな結果が明瞭に、そして必然的に起つて来ると思ひます。で、さういふ色々な教養・趣味・思想の背景を持つた読者に一様に受け入られようといふ作品が、果して一人の作家の手で生れるかどうかといふことはまづ疑問としておいて、それでも尚且一つの新聞の連載小説を引受けた責任から言へば、自分の読者を少数の範囲に限るといふ事は絶対に出来ないことです。
それで、まづ一例を上げると、現在ジヤアナリズムの表面で、甚だ流行してゐるかの如き諸傾向は、実際我々の周囲の堅実な、少くとも自分の生活を持つてゐる家庭乃至個人からは、それほど関心を持たれてゐないにも拘らず、さういふものがとり入られなければ、新聞小説でないやうな偏見を一部の社会に植ゑつけた事は大変に遺憾だと思ひます。