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TORENDIA

明日の劇壇へ

本文約950字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

商業主義と因襲が跋扈し、創造的な機運を失った日本の劇壇の現状を批判する。著者は未来の演劇のために、文学的評価に甘んじない戯曲、俳優としての人間的魅力を養うこと、演出家と俳優の領分の明確化を提唱する。また、観客が率直に面白さを評価し、拍手を送ることで演劇の成長を促す姿勢の重要性を論じる。

岸田國士

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注文により、「劇壇へ!」と呼びかけはしましたが、少くとも今日の私にとつて、その相手は何処にゐるのかさつぱりわからないのであります。

劇壇とは、劇場を中心として、俳優、劇評家、作者、装置家、その他の演劇関係者を網羅した一社会を指すものであるなら、現に存在しないとは云へないのでありますが、その社会には、今や、脈絡なく、秩序なく、理想なく、希望なく、発言者なく、傾聴者なく、権威なく、輿論なく、たゞあるものは、商業主義の盲断と、これを繞る因襲の跋扈のみであります。

商業主義も可なり、因襲も亦可なりですが、演劇の社会にあつては、一方、これを刺戟しこれを誘導する創造的機運が、その何処かに動いてゐなくてはなりません。

わが「劇壇」の現状は、遺憾ながら、かういふ機運の成長を阻むあらゆる要素から成立つてゐます。

今日まで、新劇運動と称せられた少数者の青年的意気は、勿論、既成劇壇に対して一個の未来を対有すべき生命でありましたが、この生命は、これを育むものゝ独善主義によつて、早くも涸渇してしまひました。演劇の本質を無視した新しい演劇運動といふものが、遂に実を結ばないのは、今に始まつたことではありません。

私はこゝで、わが「明日の劇壇」のために、日本の現在にのみ適用する二三の希望を陳べておきたいと思ひます。

先づ第一に、これからの戯曲は文学としての評価に甘んじてはなりません。これは既に云ひ尽された議論であるかの如く見えますが、所謂「舞台的」といふ言葉が、もう一度吟味されてからのことです。

次に、これからの俳優は、所謂「演出者」の傀儡でなく、この点、もう一度「新劇以前」への逆戻りであつてかまひませんが、先づそれぞれ人間としての特殊な魅力を養ふべきです。

更にまた、これからの演出者は演出者である限り、俳優の「領分」に立ち入つてはなりません。それよりも、俳優に自分の「領分」を荒されないやうにすることが肝腎であります。

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