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TORENDIA

テアトル・コメディイ

本文約970字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

仁寿講堂で上演された新劇団の舞台を観た筆者が、その仕事ぶりを論じる。熱心で素質の優れた団員たちが、翻訳や言葉のニュアンスを尊重し、上品な朗らかさで芝居を面白くしようとする姿勢を高く評価する一方で、特定の演目選定や演技における「面白さ」の捉え方、俳優が調子に乗ることへの懸念を呈する。既存の「文学的」影響を超え、舞台・演技的側面から「芝居らしい芝居」の移植を目指す劇団の将来に対し、警鐘を鳴らしつつ期待を込めて批評する。

岸田國士

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🎧 テアトル・コメディイ / 朗読音声: VOICEVOX:九州そら

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先日、仁寿講堂で観たこの新劇団の仕事は、予て聞いてゐた通り、八分賛成でき、二分危険を感じさせるものだ。

賛成ができる点といへば、みな熱心で、素質の優れた人が少くなく、芝居を「面白く」しようと努めてゐることがわかり、翻訳の吟味も相当に行届き、言葉のニュアンスを尊重する風が見え、ファンテジイを愛し、深刻癖に陥らず、上品な朗らかさを楽しんでゐることなどである。

ところで、危険がもう既にそのなかにあるのだ。

第一に、「アメデと靴磨台上の諸君」は、諸君のおやりになるものではない。これは、若い俳優のみが、若い見物に見せる芝居ではないのだ。これは、芝居を「面白く」見せようとするこの劇団の精神に反するので、さういふ点に、賢明な諸君は気づかれてもいい筈だ。諸君が戯曲を読んで直接感じられる「面白さ」と、諸君が舞台の上でみせ得る「面白さ」との間には、まだ時とすると大きな距りがあること、その距りをなるべくはつきりつかんで、無駄をしないといふことは、諸君の演技熟達に欠くべからざる注意である。

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