伊賀山精三君に
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あらすじ(AIが作成しました)
十二月号の『劇作』に掲載された『唯ひとりの人』を読了した著者が、同作の筆力と構成力を高く評価しつつ、その主題や人物描写における矛盾を指摘する。抒情味や対話の扱いには一定の成果を認めながらも、理想化された人物と現実的な心理過程の乖離を根本的な欠陥として挙げ、演劇のイメージを一体化させるための批評的考察を綴る。作者である伊賀山精三の成長を称え、今後のさらなる精進へ期待を寄せる書簡形式の評論である。
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十二月号の本誌(「劇作」)に掲載された君の力作『唯ひとりの人』を、たつた今読み了りました。
佳作だと思ひます。これまでの君は、ここで見違へるほど成長してゐました。「大きくなつたね」と云ひたいところです。君が昨日まで如何にも得意らしく冠つてゐた「赤い帽子」を、いつの間にか投げすてて、静かに椅子の上で「坐禅を組んで」ゐる姿は、誠に頼もしく見えますが、今、君をちよつと驚かして、床の上を歩かしてみたくも思ひます。これは決して僕の悪戯気ではない。君がほんたうに、と云つて悪ければ、永久に、あの「赤い帽子」を脱ぎすてたのかどうかをたしかめたいからです。
が、これだけ長いものを書いて、筆力と空想に、終りまでたるみを見せなかつたことは偉とすべきです。サルマン風の抒情味は程よく君の好みを生かしてゐ、対話も、まづ、あれだけにこなしてあれば十分でせう。ただ、僕が、この作品の根本的欠陥として指摘したいのは、象徴的にさへ取扱ふべき主題を、徒らに感情の論理化を求めて、著しく印象の混乱を招いてゐることです。言ひ換へれば、人物のそれぞれを理想化しつつ、その心理過程は飽くまでも現実的であるといふ矛盾です。これは結局、君の劇的イメエジを構成する二つの流れが、最初から別れて、二つの道を辿りつづけたことに原因があるのでせう。こいつは、どうあつても一体となるべきであつて、一戯曲が「生れる」ときには自らさうなつてゐるのですが、「作る」ときには、知らず識らず併行したままで終ることを、僕らも気づいてゐるのです。
なにはともあれ、君の精進に対し、敬意を表します。(一九三三・一)
完