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TORENDIA

新聞小説とは

本文約2,500字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

職業的な意識が強く求められる新聞小説のあり方について、執筆体験を踏まえて論じる。新聞というメディアへの連載が持つ特異性や制約、読者の読書習慣や期待に応えるための工夫、そして文学とジャーナリズムの結びつき方を考察する。特に、一回限られた分量を時間をおいて読み継ぐという形式が、作品の文体やリズムに与える影響、また現代のメディア環境において物語が果たす役割について言及し、執筆の意義を綴る。

岸田國士

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「新聞小説」についての感想を書けといふ注文である。本紙連載の「泉」をやつと書きをへたところなので、それがどういふものであるにもせよ、自分のことを問題にするやうで気がひけるけれども、経験を経験として率直に語つてみよう。

職業的といふ言葉が当節いろんな意味に使はれてゐるが、私は、「新聞小説」ぐらゐ「職業」といふ意識をもつて書かなければならぬ文章は、ほかにはさうないと思ふ。これは必ずしも「新聞小説」を卑めていふわけではない。そこで「職業」といふ言葉に対する考へ方をまづきめてかゝらねばならぬ。

第一に、新聞がなぜ現在とりつゝあるやうな形式で小説を連載する必要があるのかといふ点である。

第二に、新聞の読者で、小説をも毎日欠かさず、或は気が向いた時だけとびとびに読む人々は、いつたい、どういふ要求から、またどんな読み方で、これらの小説を読むのが普通であるかといふ点である。

以上の二点から「新聞小説」の条件或は制約といふものが生れて来るとみなければならない。

読者層が階級的にも地方的にも極めて広いといふやうなことを第一の条件とする説もあるやうだが、私は、この説をあんまり信用しない。広いには広いに違ひないけれども、これはもう、厳密には一人の作者にとつてはどうにもならないことで、せいぜい「調子をさげる」などといふ馬鹿な手が考へられるくらゐなものである。

さて、新聞がなぜ小説などを細かく切つて載せなければならぬかといふ点であるが、この解答は新聞社側にお願ひしたいものである。私はただ想像にすぎぬが、西洋諸国にも例がある通り、これは単に、あまりに現実的な日々の事件の相貌に一脈の空想味を盛り、あまりに険しい活字面の公式的俯瞰のなかに、いくばくのフアミリアルなスタイルを与へようとする意図の現れではないかと思ふ。

文学とジヤアナリズムとの結びつき方に二様ありとすれば、これは正しくその一つで、作家がその「生活」をのみジヤアナリズムに託する純粋派に対して、「作品」自体をまでその機能に合致させようとする応用派に属するものである。

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