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TORENDIA

一言(『岸田秋子』について)

本文約730字 ・ 読了時間 約2分

あらすじ(AIが作成しました)

亡妻・秋子を追悼するために編纂された紀念帖。著者は秋子が遺した断片的な日記の一部や、病床で記した和歌を収録し、生前の彼女が抱いていた心の面影を綴る。執筆者自身や家族の意思を尊重し、親しい間柄の人々へ限定的に頒布される本作は、家族への贈り物としての側面を持ちながら、亡き妻を慕う友人たちの厚意に対する感謝と、家族で共有すべきささやかな記憶を収める。

岸田國士

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🎧 一言(『岸田秋子』について) / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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亡妻秋子について私がこゝで語ることは差控へたい。娘たち二人も、何か書けといふ委員からのお勧めがあつたけれど、それだけはおゆるし願ひたいと私に申出た。これもまた諒とせざるを得なかつた。

この紀念帖は、われわれ一家に対する類ひなきあまたの友情の所産である。私も娘たちも、また、亡妻の縁者一同も、たゞ感謝の言葉以外はないのである。

編輯の労をとられた伊賀山君は、亡妻の遺稿とでも云ふべきものを載せたいと云はれたが、もともと文筆を弄ぶ余裕もなく、わづかに不用意にしるした断片的な日記があると云へば云へるだけである。しかし、この日記は、決して公表すべき性質のものではあるまい。たゞ、遺稿などといふ意味でなく、彼女の生涯のある一時期の面影を伝へるといふほどの意味で、ごく一部分を試みに拾つてみた。和歌もまた、平生折にふれて詠んでゐたといふよりも、病床にあつた幾月かの間、徒然のまゝに、ノートへ戯れに書きなぐつた程度のもので、故人はさぞ顔を赧らめて、そんなものをと云ふであらう。が、私は敢て、そのいくつかをこゝに収録させてもらひ、恐らく佯り得ぬ死直前の彼女の心の翳を、わかる人にわかつていたゞきたく思ふ。

私個人の考へからすれば、時節がらかういふ企ては、むろん賛意を表しかねるのであつたが、極めて内輪にといふ条件づきで、ともかく、若い友人諸君の配慮にすべてを委ねることにした。従つてこの紀念帖は、亡妻とわれわれ一家とに最もちかく、云はゞ、「うちうちのつきあひ」を許していたゞける方面へのみ頒たれることを、私は切に望む。

この紀念帖は、それゆえ、まづ何よりも、娘二人への贈物として、有りがたくお受けしたい。

編輯委員、並に、亡妻への好意に満ちた言葉を贈られた方々に、こゝで厚くお礼を申しあげる。

完

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