西瓜喰ふ人
本文約13,600字 ・ 読了時間 約28分
あらすじ(AIが作成しました)
蜜柑畑の広がる村で、小説の執筆に苦心する滝と、気難しく癇癪持ちの友人のB。二人は同居し、互いの生活を眺めながら日々の交流を続ける。創作に没頭するあまり現実との境界が曖昧になり、奇妙な挙動を見せる滝に対し、Bは冷めた観察眼を持ちつつも彼を見守る。本書は、執筆や夢、現実の出来事が混ざり合う、二人の歪な関係性と生活の断片を綴る。
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滝が仕事を口にしはじめて、余等の交際に少なからぬ変化が現れて以来、思へば最早大分の月日が経つてゐる。それは、未だ余等が毎日海へ通つてゐた頃からではないか! それが、既に蜜柑の盛り季になつてゐるではないか!
村人の最も忙しい収穫時である。静かな日には早朝から夕暮れまで、彼方の丘、此方の畑で立働いてゐる人々の唄声に交つて鋏の音が此処に居てもはつきり聞える。数百の植木師が野に放たれて、野の樹の手入れをしてゐる見たいだ。その悠長な唄声、忠実な鋏の音を耳にしながら、風のない青空の下の綺麗な蜜柑畑を、収穫の光景を、斯うして眺めてゐると、余にでさへ多少の詩情が涌かぬこともない。この風景を丹念に描写したゞけでも一章の抒情文が物し得ない筈はあるまい、常々野の光りに憧れ、影の幻に哀愁を覚えるとか、余には口真似も出来ないが、光りと影については繊細な感じを持つてゐるといふ滝が夢に誘はれないのは不思議だ。木の実の黄色、葉の暗緑、光りの斑点などを此処から遥かに見晴すと丘のあたりは恰度派手な絨氈だ。
畑通ひの人に途上で遇ふ人は、一ト言彼等の労をねぎらふ言葉以外の挨拶は控へてゐる。余などは、外出する毎にこの雰囲気から圧迫を感じるので好きな散歩も遠慮して、眺めだけに代へてゐるのだ。滝は臆面がない。誰とでも洒々と忙しさの挨拶を取り交してゐる、自身も忙中の人であるかのやうに!