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TORENDIA

小川の流れ

本文約23,500字 ・ 読了時間 約47分

あらすじ(AIが作成しました)

過去の作品を読み返した「彼」は、自らを投影した登場人物・純吉がY子という娘に翻弄される物語の内容に強い恥と不快感を覚える。純吉はY子の好みに合わせ、自身の意思を持たぬかのように操られている。実際にはY子に対し冷ややかな関心しか抱いていなかったはずの彼は、当時の自分がなぜそのような虚構を描いたのか困惑する。Y子に服を整えられ、無理やり装いを押し付けられる現在の不可解な状況と自身の記憶の乖離に、彼は翻弄される。

牧野信一

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一

或日彼は、過去の作品を一まとめにして、書物にすることで、読みはじめると、大変に情けなくなつて、恥で、火になつた。――身も世もなき思ひであつた。

就中、純吉といふ主人公が出て来る幾つかの作品では、堕落を感じて、居たゝまれなかつた。「純吉」が、他人をモデルにしたものでもなく、架空の人物でもなく、読む者に作者自身であるかのやうな概念を与へるのみか、作家自身の態度が充分そのやうな心組の許に、悪る騒がしいタツチで筆をふるつてゐるのが彼は、堪らなかつた。――彼にとつては、その作者である己れが、読者である己れに対してあまりな冒涜家であつた。

「純吉の小説」には屡々Y子といふ娘が現れた。純吉はY子に秘かな恋を感じてゐた。事毎にそれが裏切られてゐた。性格に強さを持たない純吉は、口の利き振りまでが常の純吉ではなしに、悉くY子の悪趣味におもねつてゐた。

事実では決してそんな筈はなかつたのであるが、その頃の心の象を創作にして見たならば、そんな風にY子が自分の心に喰ひ入つてゐたのかしら? ――彼は斯うも思つて見たが、それもあまりに空々しかつた。そんなことを創作の上で想像した当時の自分さへ、彼は解らなかつた。

……何よりも彼に、破廉恥を感ぜさせるのは、小説上の事件ではなしに、事実ではあのやうに淡白であつたにも関はらず、Y子に対する純吉の態度がフールのやうな挙動であることだつた。ヘラヘラと冗談口を叩き、皮肉を衒ひ、狡さを戦はせ、そして得体の知れぬ悦に入つてゐるかのやうである。

彼にも、恋の思ひ出はある。いつ思ひ出しても澄んだ涙を誘はれるかのやうな、切なく甘い思ひ出がある。恋ではなくても、人の純情は、そのまゝ何時までも消さずに残してゐられる自信を彼は持つてゐる。――だが、Y子の純吉(斯う云つていゝ)に依つて架空された彼は、

「Y子の悪影響だつたのかしら?」斯うも考へたが彼は、それほど呪はれた弱さがあるとは思へなかつた。――だが、あんな風なことを書いたといふことは事実である、Y子に恋してゐるかのやうな………。

「嘘だ! 嘘だ!」

「では、退屈のあまり法螺を書いたのか?」

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