龍土会の記
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あらすじ(AIが作成しました)
明治三十五年から十年間にわたり、柳田國男や国木田独歩、島崎藤村ら文壇の若手作家が龍土軒などを中心に開催した交流会「龍土会」の記録を綴る。自然主義や象徴主義などの新たな文学潮流を模索する気鋭の表現者たちが、肩肘張らずに談論し、美酒を酌み交わした一夕の交歓を回想する。会の消長と各会員の動向を追いながら、明治の革新期における自由で多事多端な文学的空気感を描き出す。
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龍土會といつても誰も知る人のないぐらゐに、いつしか影も形もひそめてしまつてゐる。そのやうに會はたとへ消滅したものであるにしても、會員であつた人々は殘つてゐなくてはならないが、さて自分が會員であつたと名のりを揚げる特志者はまづ無いといつてよいだらう。然しどうやら會合のやうなものが存在して、そこへ最初から出席した二三のものには、今日でもなほ幾許かの追懷の情が殘つてゐるはずである。
その龍土會が實は終末期に臨んでゐて、却て外面だけは賑やかに見えてゐた時代のことである。毎月のやうにふえる新顏が、こつそりと會の正體を覗きにくる。何ともさだかならぬこの會合が文藝革新に關する或野心を包藏して、文壇一般を脅かすかのやうに、側からは見られてゐたのである。自然主義の母胎もまさしく此處であり、更にまた半獸主義、神祕主義、象徴主義などの、新主義新主張がその奇怪な爪を磨くのもこの邊であり、そしてそれが龍土會の機構でゝもあるかの如く、一部からは買ひかぶられ、また嫉視されてゐたをりがあつたことかとも思はれる。少くとも龍土會は當時の文壇からあやしまれてゐたにちがひない。
かやうな外間の推測は無理もないとは云ふものゝ、それはまた誤解であつた。何故かと云ふに、會員の間には龍土會を神輿のやうに擔ぎつて、何かにつけて地歩を占めたり、利を圖らうとするが如き考をもつたものはただの一人もなかつたからである。その上共同の利害のために會そのものを働かせた事實すらなかつたのである。龍土會は謂はば一の微小なる移動的倶樂部の如きものであつたに過ぎない。その會合で文藝上の共通の新空氣が導入され、自由な思想の交流が行はれたことは眞實であつたとしても、會員たるものは、誰に遠慮會釋をするでもなく、それぞれの途を勝手に歩いてゐたまでゝある。各自が我儘放題な振舞をなしつゝも、殆ど十年間に亙つて毎月一囘は必ず席を同うして談論し、興に乘りては美酒を酌み交はして一夕の歡を盡したことは、今から追想して見て、何としても一の不思議であつたと云ふより外はない。