想片
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あらすじ(AIが作成しました)
雑誌「作品」がジャーナリズムの浮ついた流行に流されず、落ち着いた態度で良質な文学を読者に届けている現状を綴る。プルーストやフロベールといった古今の重要作家を再び掘り起こし、流行の陰に隠れた古典の価値を再発見させる編集方針を評価する。小規模な雑誌として苦難を重ねながら存続する意義を説き、今後さらに時代への発信力を強めていくことへの期待と、執筆者としての率直な思いを述べる。
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今日雑誌が一口にジアナリズムなる言外に多くの悪徳を暗示した汚名によつて呼ばれる時世となり、文学の本道まで万事浮遊して落付かぬ状態をつづけてゐる時に、一つくらゐジアナリズムに超然とし、正しき流行をつくるとも流行に追はれぬ雑誌が欲しいと思ふ。「作品」がそれだと言ふほど大袈裟にほめるわけにもいかないが、ジアナリズムの悪徳をもたぬことは確かである。落付きがある。
プルウストの尨大な仕事を「作品」で扱ひはじめたのは、ややプルウストが時流に乗りだして後のやうに記憶する。アランはたしかに識者の間には流行をつくつた。目下北原君の訳業はまさにフロオベエルの再読を人々に強ひかけてゐる。私は少年の頃フロオベエルを読んで面白くないと一蹴したが、この訳に暗示されて再読し、感心した。フロオベエルやドストエフスキーの流行といふやうなものは、いはゆる流行ではないのである。どんな多読家でも、流行でもしなかつたら一々古典の隅々まで読めるわけのものでないから、具眼の士が時世の下に隠された宝玉を思ひ出させてくれなければならない。
小さい雑誌といふものは甚だつぶれやすいもので、これだけのまとまつた仕事を残すのも容易なことぢやないと思ふ。今後この調子で続くだけでも相当なことで、文句を言ふところは何もないが、小野さんの手腕で雑誌がだん/\大きくなり、時代に呼びかける力が強力になつたら、筆を執る方の側でも大変嬉しいことである。
完