白雪姫
本文約10,700字 ・ 読了時間 約22分
あらすじ(AIが作成しました)
新婚旅行でアルプスのシャモニーを訪れた阿曽祐吉と妻のハナは、案内なしでラ・トゥルの氷河へ向かう。険しい氷河の横断中、阿曽はハナの我儘な振る舞いに翻弄される。やがて二人は、雪で覆われたクレヴァスへ差し掛かる。ハナは雪の橋を渡り終えるが、直後に橋が崩壊し、彼女は割れ目へ姿を消す。数十年後、氷河の移動によって姿を現した妻の遺体を、阿曽が引き取りに行くまでの過程と、彼らの愛情をめぐる周囲の論争を描く。
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一
ある夏、阿曽祐吉という男が、新婚匆々の細君を携帯して、アルプスのシャモニーへ煙霞の旅としゃれたのはよかったが、合の夢もまだ浅い新妻が、ネヴェという質のわるい濡れ雪を踏みそくなって、底知れぬ氷河の割目に嚥みこまれてしまった。
それはモン・ブランの麓、アルジャンティエールから六時間ほどのぼったところにあるラ・トゥルという危険な氷河で、マァヘッドのアルプス案内記にも、ガイドを要すと特に注意しているのに、阿曽はホテルからザイルとピッケルを借りただけで、案内も連れずに出かけたのである。
阿曽がシャモニーからアルジャンティエールのグラッソンネというホテルへ移ってきたのは、八月ももう末で、山の天候が変りやすい時季だった。その頃になると、雪質が一時間ごとに変化するといわれるくらいだが、そのうえ、四時近くになると、霧が出て山の形相を一変させてしまう。行きにあったボン(氷河の割目にかかった雪の橋)が跡形もなくなり、立往生してまごついているうちに、凍って霧に巻かれて遭難するというような椿事がよく起こる。
これはあとで問題になり、ポンヌヴィルの裁判所まで持ちだされたが、ホテルのマネージャアは、たいしてスポルティフにも見えない貧弱な日本人夫婦が、こんな悪い時季に、氷河専門の案内者でも汗をかく、ラ・トゥルの氷河へ出かけようなどとは夢にも思わなかった。
フランスには、山岳局が規定した「登山法」というものがあって、生命の危険を保護するたてまえから、登山者の行動を制限し、あまり勝手なことをすると処罰されることになっている。ホテルのマネージャアが観光客にたいする監視の義務を負ってるわけなのだから、そうと知ったら、力ずくでもひきとめたこったろうが、そこまでの想像力が働かなかったのは、是非もなかった。というのは、アルジャンティエールという氷河がホテルのすぐ前まで雪崩れさがっていて、氷河見物といえば、その辺をブラブラすることにきまっていたから、ザイルも大袈裟なと苦笑したが、それ以上のことは考えもしなかったのである。