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TORENDIA

危機における理論的意識

本文約7,800字 ・ 読了時間 約16分

あらすじ(AIが作成しました)

思想の危機を叫ぶ世相に対し、真に求められる理論的意識のあり方を論じる。自己の思想の限界を自覚し、矛盾や否定を媒介として自己を発展させる弁証法的思惟の重要性を示す。一方で、思想を固定化し独断論に陥る形式主義や自由主義の非現実性を批判する。真理は静止したものではなく、危機的状況を通じて具体化・発展する生命的なものであると捉え、理論と実践の弁証法的統一こそが危機を現実的に克服する道であると説く。

三木清

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思想の問題は今や思想の危機の問題として現われている。人々は到るところ、あらゆる機会において、思想の危機について語りかつ叫ぶ。しかし彼らは自己の語りつつあるもの、叫びつつあるものが何であるかを理解しない。いな、みずから理解することなく、理解しようと欲することなく、語りかつ叫ぶということがそれ自身また思想の危機のひとつの特徴である。思想の危機の叫びのうちに表現されるところのものは、理論的意識の欠乏であり、まさに「思想の貧困」である。けだし事物の本質を明らかにして思想を発展せしめることがかく叫ぶ者の目的でなく、彼らの目的はかえって正反対のものである。思想の危機を叫ぶことによってあたかも思想を窮迫せしめ、空虚ならしめ、かくて思想そのもののためでなく、むしろまったく他の意図のために謀ろうとすることが彼らの目的である。このときにあたって真実に思想を求める者は、彼らの叫びに迷わされ、驚かされ、恐れさせられることなく、自己の理論的意識をいよいよ鋭利ならしめ、果敢ならしめねばならぬ。そのためには思想の危機が本来いかなる意味のものであるかを明瞭にすることがなによりもまず必要である。

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