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TORENDIA

歴史哲學

本文約168,200字 ・ 読了時間 約337分

あらすじ(AIが作成しました)

歴史とは出来事そのものを指す客観的な存在としての意味と、出来事の叙述を指す主観的な意味の二重性を有する。本書は、歴史叙述の出発点である史料を、存在としての歴史とロゴスとしての歴史との中間に位置づける。歴史的研究において史料は過去の事実を探るための手掛かりに過ぎず、その背後にある存在としての歴史を解明することが不可欠であると論じる。ヘーゲル哲学等の批判的検討や解釈学的立場への考察を通じて、存在と事実の弁証法的な把握を目指す歴史哲学の序論的な思想を綴る。

三木清

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序

今私の手から離れたばかりのこの書の内容そのものに就いて、私はここに特に語るべきことをもたない。云はうと欲することはこの書のうちの何處かで何かの形に於て既に述べておいた筈である。他日この書の内容そのものが私にとつて「歴史的なもの」となつたとき、私自身これに就いて更めて語ることもあらう。もと叢書の中の一册として定められてゐたために、紙幅の關係からしても論ずべくしてそこに論ぜられ得なかつた問題は多い。それらに關しては今後他の形式で論述され、究明されるであらう。歴史哲學としてもこの書は寧ろその序論的部分に過ぎぬ。歴史の問題は我々の國に於ては從來あまり顧みられなかつたのであるが、今や事情は全く變化した。しかもなほこの方面に關する著述の殆ど全く缺けてゐる場合、この書も幾分の存在理由を有し得るものと期待してよからうか。

私が歴史哲學上の諸問題に關心するのは、私の京都帝國大學哲學科在學の頃以來のことである。今自分の思想を一應、もとよりほんの一應、この書の形で※[#「纏」の「里」に代えて「黨-尚-れんが」、「广」に代えて「厂」、3-12]め、この後の研究のひとつの蹈石たらしめようと考へるに際し、私は自分のとにかくここまで歩んで來たのはひとへに師友の指導と刺戟とによることを思ひ、こころからなる感謝を捧げる。卷末に附した索引は池島重信君の力になるものである。君が貴重な研究の時間を割いてこの面倒な仕事にあたつてくれたのに對し特に謝意を表明する。

千九百三十二年一月三十一日東京に於て 三木清 [#改ページ]

第一章 歴史の概念

一

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