TRENDIA CLASSIC

哲学はどう学んでゆくか

三木清

1 / 19

哲學はどう學んでゆくかといふ問は、私のしばしば出會ふ問である。今またここに同じ題が私に與へられた。然るにこの問に答へることは容易ではないのである。これがもし數學や自然科學の場合であるなら、どういふものから入り、どういふ本を、どういふ順序で勉強してゆくべきかを示すことは、或ひはそんなに困難ではないかも知れない。それが哲學においては殆ど不可能に近いところに、哲學の特色があるともいへるであらう。哲學は何であるかの定義さへ、立場によつて異つてゐる。立場の異るに從つて、入口も異る筈である。しかも哲學的知識には、端初が同時に終末であるといふやうなところがあるのである。それにしてもどこかに手懸りがなければ、およそ研究を始めることも不可能であるとすれば、その手懸りが何とか與へられなければならぬ。これはどこに求むべきであるか。立場の相違は別にして、およそ哲學といふものを掴んでゆく最初の手懸りは、どこに、どういふ風に探してゆくべきか。質問がそこにあるとして、私の乏しい經驗に基づいて、少し述べてみたいと思ふ。

三木清の他の作品