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TORENDIA

短歌本質成立の時代

本文約28,500字 ・ 読了時間 約58分

あらすじ(AIが作成しました)

飛鳥末期から藤原時代にかけての陣痛期を経て固定された短歌の歴史を綴る。宮廷儀礼や歌垣に由来する声楽的要素から短歌が分離し、宴遊の場における即興的な詠唱が創作的文学態度を確立させる過程を分析する。さらに、奈良時代の山部赤人による自然の人間化と美の発見、平安時代の女房歌人の抒情や日記文学との交錯を詳述する。最後に、鎌倉・南北朝期の玉葉・風雅に至るまで、短歌の本質がどのように変遷し完成されたのかを論じる。

折口信夫

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一 短歌の創作まで

短歌の形式の固定したのは、さまで久しい「万葉集以前」ではなかつた。飛鳥末から藤原へかけての時代が、実の処此古めいた五句、出入り三十音の律語を意識にのぼせる為の陣痛期になつたのである。

囃し乱めの還し文句の「ながめ」方が、二聯半に結著したのも此頃であつた。さうして次第に、其本歌なる長篇にとつて替る歩みが目だつて来た。記・紀、殊に日本紀、並びに万葉の古い姿を遺した巻々には、其模様が手にとる如く見られるのである。かうした時勢は、宮廷の儀礼古詞なる大歌(宮廷詩)にも投影した。伝承を固執する宮廷詩も、おのれから短篇化して行つた。さうして民間に威勢のよかつた短歌の形が、其機運に乗り込んで来た。

かうして謡ひ物としての独立性を認められた短歌は、其自体の中に、本歌及び、助歌反乱の末歌の二部を考へ出して、ながめ謡ひを以て、間を合せた。「57・57・7」から「57・5・77」へ、それから早くも、平安京以前に「575・77」に詠み感ぜられる形さへ出て来たのは、此為であつた。

第二聯の5の句が、第一聯の結びと、第二聯の起しとに繰り返された声楽上の意識が、音脚の上に現れて、句法・発想法を変化させて行つた。くり返しや、挿入の囃し詞は自由に使はれても、主要な休止の意識は「575・577」の形を採らせた。此には、一つ前の民謡の型として、尚勢力を持ち続けて居た結集唱歌出身の旋頭歌の口拍子が、さうした第三句游離の形と発想とを誘うたのである。それが更に、短歌分化の根本律たる末句反乱の癖の再現した為に、最後に添加せられた7の囃し乱めの力がはたらきかけて「575・777」と言つた諷誦様式を立てさせた。而も最後の一句は、百の九十九まで内容の展開に関係のない類音のくり返しであつた。

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