競馬
本文約4,300字 ・ 読了時間 約9分
あらすじ(AIが作成しました)
納税のための五円紙幣を女房に内緒で持ち出し、競馬場へ向かった仙太。馬券を買う機会を逸したものの、自身の応援馬が見事に勝ったことで高揚感に浸る。直後、同じく競馬で無一文になったという紳士に持ちかけられ、金時計を五円で購入する。しかし、馴染みの時計屋でそれが偽物であると判明し、自分を含む多くの村人が詐欺に遭ったことを知る。仙太は憤慨し、逃げた犯人を追うべく猛り狂う。
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行って来るぜ……なんて大っぴらに出かけるには、彼はあまりに女房に気兼ねし過ぎていた。それでなくてさえ昨今とがり切っている彼女の神経は、競馬があると聞いただけでもう警戒の眼を光らしていたのである。
「今日は山だ!」
仙太は根株掘りの大きな唐鍬を肩にして逃げるように家を出た。台所で何かごとごとやっていた妻の眼がじろりと後方からそそがれたような気がして、彼は襟首のあたりがぞっとした。彼はそれを打ち消すように、えへんと一つ、咳払いをやらかしてそれから懐中へ手をやった。そこには五円紙幣が一枚、ぼろ屑のようにくしゃくしゃになって突っ込まっていた。
一度家の方を振返って見て、女房の姿が見えないのを確かめると彼はその紙幣をくしゃくしゃのまま引出して煙草入のかますへ押し込んだ。貧すれば貪する! それは実際だった。地道にやっていたのでは一円の小遣銭をかせぎ出すことさえ不可能な村人達は、何か幸運な、天から降って来るような「儲け仕事」をことに最近熱烈に要求した。
馬券を買うなどということもその一つの現れだった。世間がこんなに不景気にならない前は、そんなことはばくち打ちのすることであり、有閑人の遊びごとであり、唾棄すべき破廉恥事に過ぎなかった。が、一枚の馬券がたった五分間で、五円も十円もかせいでくれる! そいつを考えるとなあ君、馬鹿々々しくって百姓仕事なんか……と捨て鉢気を起して、俺だって人間だ、馬券買って悪かろうはずはあるめえ!
みごとに五円札を二倍にも五倍にもして帰って来る者があったのである。そうした事実が――これこそまさに、求めに求めていた幸運、天から降るのか地から湧くのか知れないが、とにかく小判が転がっているようなものだった――そいつが疫病やみのように村人の魂へとっついてしまった。
競馬は春秋二季、あたかも農閑期に、いくらかの現なまが――たといそれは租税やなんかのためには不足だったにしても――村人のふところへ宿かりした時分にあったのだ。仙太が今、女房には内密で持ち出した五円札も、実はそうした月末の納税にぜひ必要なものだった。
――十倍にして返さい! 畜生、けちけちしやがるねえ!