本文へ移動
TORENDIA

ローマ字論者への質疑

本文約2,900字 ・ 読了時間 約6分

あらすじ(AIが作成しました)

日本語の健全な発達を阻害する漢語や漢字の弊害を論じ、言語の音韻的正しさの重要性を説く。日常語の音便的な表記を強いるローマ字論者らの姿勢を、国語を破壊する誤った実利主義と厳しく批判する。著者は、現状の混乱した日本語を病的な状態と定義し、耳で聞いて意味が通じる本来の音韻を取り戻すことこそが、国民の言語感覚の健康を回復させるために最も急務であると主張する。

萩原朔太郎

速度
🎧 ローマ字論者への質疑 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 4

日本語の健全な發育と、その國語の純粹性を害毒するものは、實に生硬な漢語と漢字、特に明治以來濫造される飜譯漢語と漢字である。言葉に一番大切な條件は、耳で聽いて意味がわかるといふことである。耳で聽いて意味がわからず、文字に書いて見せた上で、初めて視覺から語意が通ずるといふやうな言葉を、日常語の會話に使用するやうな國民があるとしたら、世界で最も不便で最惡の國語を所有する民族と言はねばならぬ。支那人の如きは、古來から象形文字を使用し、言語が文字に書かれた場合の、視覺上の表象效果を重視したが、しかもその支那人でさへ、發音の場合は韻の四聲法を嚴重にし、異語同音の混錯を避け、いやしくも耳で聽いて語義の解らないやうな不便な國語は、決して使用しなかつたのである。日本人が支那の漢字を輸入したのは、必ずしも問責さるべき罪ではなかつた。しかしそれと同時に、漢語の正しき發音と韻律を輸入せず、日本化した無韻のデタラメで和讀したのが、國語の混亂と不便を招いた原罪だつた。特に明治以來、その無韻の漢字と漢語で、むやみに西洋の新文明を飜譯したので、今日の如き收攬しがたい状態になつたのである。

萩原朔太郎の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本