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TORENDIA

ジェイン・グレイ遺文

本文約3,600字 ・ 読了時間 約8分

あらすじ(AIが作成しました)

十六世紀イングランド、碩学アスカムはブラッドゲイト城を訪れ、読書に耽る十五歳のジェイン・グレイの叡才に触れる。本書は、十七歳で短い生涯を閉じた彼女が遺した書簡や祈祷文、信教問答などの遺文を考察する。高い知性と信仰心に裏打ちされたそれらの文章は、死を目前に控えながらも気高く冷静な境地を示す。著者は、世俗的な興味から離れ、彼女が築き上げた不滅の文学的モニュマンとしての遺文の真価と魂の美しさを読み解いていく。

神西清

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🎧 ジェイン・グレイ遺文 / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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チュドル王朝第三代エドワアド六世の御宇のこと、イングランドのほぼ中央リスタアの町に程遠からぬ、ブラッドゲイト城の前庭を、のちのエリザベス女王の御教育掛、碩学ロウジャ・アスカムが横ぎつて行く。季節は卯薔薇の花乱れ咲く春、それも極くのどかな午さがりと思ひたい。霧の深い秋のことではなかつたらう。アスカムの齢は三十六か七か、それにしては悠々たる足どり。やがて城を登る。が、小肥りの躯をつつむ寛い黒衣の影を石階の日溜りに落したまま、暫しは黙然と耳を澄ます。遥かチャアンウッドの森を伝つて来る笛の音こそ、城の主、のちのサフォオク公ヘンリイ・グレイが、奥方はじめ一統を引き連れての、徒然の狩遊びと見えた。四つの櫓のそそり立つ方形の城の中は、森閑として物音もない。絵のやうに霞むリスタアの風物のさなか、春の日ざしに眠つてゐる。

「長閑なことよ。御一統には狩遊びと見ゆる」

と、出会ふた侍女にアスカムは声を和らげて問ふ。侍女は上眼づかひに「御館に残らるるは上の姫様だけ」と答へる。「ジェイン様か、それは。」碩学の肉づきのいい額を、かすかに若皺が寄る。身を飜して、日も射さねば仄暗い拱廊をやや急ぎ足に渡つて行く。黒い影が、奥まつた急な階段をものの二丈ほど音もなく舞ひ昇つて、やがて上の姫の居間の閾に立つた。丈の高い樫の椅子が、厳つい背をこちらへ向けて、掛けた人の姿はその蔭にかくれて見えぬ。雪のやうな裳すそのみゆたかに床に這ふ。

「姫!」と呼んだ。

届かぬ沓の爪先をやつと床に降して、ジェインは振り向く。二つに分けた亜麻色の垂髪は、今年わづかに肩先を越えたばかり、それを揺つて澄みかへつた瞳を、師と呼べば呼べる人の面に挙げた。

「まあ、アスカム様。」

読みさしの書を傍の小卓のうへに押しやつて、数へ年十五の姫は立つた。アスカムはその手を止めて、手ざはりの粗い頁のうへ、刷りの黄ばんだ希臘文字に、すばやく眸を走らせる。

「フェエドンを読まれてか?」

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