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TORENDIA

少年

本文約44,100字 ・ 読了時間 約89分

あらすじ(AIが作成しました)

十歳の少年は父の転勤に伴い、基隆へと向かう船旅で激しい颱風に見舞われる。船室で棚床に閉じ込められるような圧迫感と恐怖を経験した少年は、台湾での生活を送る中で祖母の死や演芸の舞台に触れ、大人たちの儀礼や感情の裏側に触れる。やがて病を得た父の帰国とともに少年も内地へ戻るまでを描く。本書は、少年時代の記憶から呼び起こされる密閉感や死の影、父との距離感を綴る。

神西清

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プロロオグ

私はよく夢をみる。楽しい夢よりも、苦しい――胸ぐるしい夢の方がずつと多い。さめたあとで、ほとんど全経過をたどり直せるほど、はつきり覚えてゐる夢もある。さめた直後は、思ひ出す手がかりすら見失はれて、それなり忘れてゐたのが、かなり後になつて何のきつかけもなしに、ぱつと記憶に照らし出される夢もある。後者には概して楽しい夢が多いやうだ。

同じ主題がしばしば繰り返されるのは、苦しい夢の場合に多い。その主題の立ち返りは、ほとんど一定の周期をなしてゐるやうにさへ思はれる。なかでも一ばん頻繁にあらはれるのは、胸ぐるしい夢で、その堪へられぬほどの圧迫感、むしろ窒息感をかもしだす情景は、私の場合は何よりもまづ、船室の棚床のなかに仰向けに横たはつてゐるうちに、上の棚がだんだん降りてきて、つひに一寸の隙間もなく圧しかかつてしまふのである。私はもう死ぬと思ふ。それなら一刻も早く死なしてもらひたいと思ふ。だが、もう呼吸する空気は尽きてゐるのに、私は死ねない。その苦悶の絶頂で、私はやつと目をさます。この船室の棚床には、勿論いろんなヴァリエーションがある。トランク詰めにされたり、突然お棺の中で気がついたりする。しかし一ばん多く出てくるのは棚床なので、私はこれが原初の形態であることを、久しい前から承認してゐる。

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