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TORENDIA

春泥

本文約15,000字 ・ 読了時間 約31分

あらすじ(AIが作成しました)

飛鳥の宮殿で暮らす大海人皇子は、宮廷内の不穏な空気や、近江への遷都を予感させる鼠の移動など、変化の兆しを感じながら日々を送っている。時を同じくして、多治比ノ嶋が皇子のもとを訪れ、鏡ノ王女のもとには額田ノ姫王から預かった鸚鵡の入った籠が届く。複雑に絡み合う宮廷内の人間関係と、忍び寄る時代の転換を背景に、皇子と周囲の者たちの思惑や秘められた感情が交錯していく。

神西清

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大海人は今日も朝から猟だつた。午ちかく、どこではぐれたのか伴の者もつれず、一人でふらりと帰つてくると、宮前の橿の木のしたで赤駒の歩みをとめた。

舎人の小黒が、あわてて駈けだしてきて、手綱をおさへる。そして何か言つた。

「ほう、嶋が? 多治比ノ嶋が来てゐるのか?」

大海人は、よくかげ口をきかれる例の神鳴り声を、小黒の禿げ頭のてつぺんへ浴びせかけると、ゆらりと地上へおり立つた。おそるおそる、といふよりは反射的に、両手をさしのべたもう一人の舎人に、まづ弓をわたす。それから肩のヤナグヒを解いてわたす。例によつて獲物はないから、ほかには何も渡すものはない。

それなり、泥のだいぶはねかかつた行籘を、人一倍ながい脛で蹴たてるやうにしながら、宮殿の廻廊をまはつて大海人はすがたを消した。

点々と、熊の歩いたやうな泥沓のあとが、柱廊の敷瓦のうへにつづいてゐる。その跡を追ふやうに、中途までついて来た舎人の小黒は、黒ぐろとしたその泥の色から、ふと春の香をかいだやうに思つた。

ことしはこの飛鳥の内そとにも、めづらしく雪が多かつた。殊につい十日ほどまへ、遠智の岡ノ上に新たにおこされたミササギに、宝ノ太后と、間人ノ先后と大田ノ皇女と、――この親子三代のなきがらを合はせ葬つた日は、夜来の雪が日ねもす野山をこめて降りしきり、夜ふけてからは吹雪にさへなつて、これは何かの前兆ではあるまいかと、心ある人の胸をさわがせたほどの大雪だつた。

その雪がいま溶けるのである。さう言へば三月の声をきいて、はや四日たつ。例年ならば神奈備の杉むらがくれに、ちらほら花もまじらうといふ時分なのだが、今年はまだまだ、斑雪の方がはばを利かせてゐる始末だ。この分では、北ぐにはまだ雪のなかだらう。近江の国もずつと北寄りの、伊香古の奥から召されてきた小黒の心に、ふつと古里の雪の深さがかげるのである。

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