鸚鵡
本文約22,500字 ・ 読了時間 約46分
あらすじ(AIが作成しました)
鏡ノ夫人は、妹の額田ノ姫王と大海人ノ皇子の関係を理解できず、献上した鸚鵡の存在に苛立ちを募らせる。一方、その鸚鵡を受け取った大海人は、眠りの中で鸚鵡を絞め殺そうとする悪夢に悩まされ、現実に夢と絡み合う不可解な幻影に翻弄される。本作は、複雑な人間関係の中で交錯する嫉妬や夢想、そして現実の境界が揺らぐ様を、万葉の時代を背景に描く。
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その鸚鵡――百済わたりのその白鸚鵡を、大海人ノ皇子へ自身でとどけたものだらうか、それとも何か添へぶみでもして、使ひに持たせてやつたものかしら……などと、陽春三月のただでさへ永い日を、ふた昼ほど思ひあぐねた鏡ノ夫人は、あとになつて考へれば余計な取越し苦労をしたといふものだつた。よく妹の額田ノ姫王から、姉さんは冷めたい、水江の真玉みたいに冷めたい――と、からかはれる夫人であつた。それほど、冷やかなくらゐに聡明な鏡ノ夫人ではあつたが、大海人と妹の関係だけは見そこねた。いや、見そこねたどころではない。第一そんな中年の男女のあひだの愛の性質や、そんな愛のありやうが、夢にさへ想像できない夫人だつたのだ。鏡と額田とは、たうてい一つ腹ひとつ胤の姉妹とは思へないほどに、別々の世界の住み手だつたわけである。数年ののち、夫人はこの見そこなひにハッと思ひあたつて、その美しい唇を噛みしめる機会があつた。
もつともその頃は、時勢も今とはずつと違つてゐて、夫人は世の中の姿そのものからして、いやでも二人の恋の実相をさとらされただけのはなしに過ぎない。いはばこれは、間接的なさとりである。中ノ大兄に娘時代の清らかな愛をささげつくし、人の母になつてからは律気な鎌足の内室として、べつに満足なのでも不満なのでもない、そんな分別すら心にうかばぬほどに自足した明け暮れを、これで十五年ちかくも送り迎へてゐる夫人としては、ひよつとするとこれは無理からぬことだつたかも知れないのだ。だが、それはずつと後の話である。……
*
鸚鵡は無事に、大海人の手もとへとどけられた。しかもそれが、思ひのほかすらりと運んだのだつた。